就業規則に違反した社員を解雇できるかについて弁護士が解説

就業規則について

就業規則とは

就業規則とは、労働者の給与や労働時間といった労働条件、労働者が遵守すべき職場内の規律やルールなどをまとめた規則のことをいいます。

常時10人以上の従業員を使用する使用者は、労働基準法第89条の規定により、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督 署長に届け出なければならないとされています。

就業規則を変更する場合も同様に、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。

ただし、労働基準監督署への届出がなかったとしても、就業規則が無効となるわけではありません。

就業規則が従業員に周知されているか否かがポイントになります(労基法106条1項)。

就業規則の周知は以下の方法により行います(労基則52条の2)。

① 就業規則を常時各作業場の見やすい場所へ掲示し又は備え付けること

② 書面を労働者に交付すること

③ 磁気テープ,磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

当事務所で推奨している方法としては、就業規則を管理している場所やフォルダ名を毎月交付する給与明細の備考欄に記載しておく方法です。

就業規則の必要性

では、なぜ就業規則が必要となるのでしょうか。先程解説したように10人以上の従業員を雇用する場合には、労働基準法に基づく作成義務を負いますが、それだけに留まりません。

従業員が無断欠勤やハラスメント等の非違行為に及んだ場合、その従業員に対して何らかの懲戒処分をする必要がありますが、懲戒処分を行うためには、就業規則に処分の対象となる行為を定める懲戒事由と処分の内容を規定しておかねばなりません。就業規則に何らの懲戒規定もないと、従業員が、自身の行為に対してどのような処分がなされるかを予測できなくなり不意打ちとなってしまうからです。

また、就業規則は、年次有給休暇の計画的付与や時季指定を行うために必要となります。

さらには、一部助成金の申請に関しては、就業規則を作成しているだけでなく、その内容が助成金の受給要件にマッチしたものでなくてはなりません。

就業規則違反があった場合の対応

就業規則違反とは 

企業は、従業員が就業規則に反する行為に及んだ場合には、懲戒処分を検討します。その就業規則に違反する行為の例は以下のようなものが挙げられます。

  • 正当な理由のない無断遅刻・無断欠勤
  • セクハラ、パワハラ、カスハラといったハラスメント行為
  • 経歴詐称
  • 会社の機密情報の流出
  • タイムカードの不正打刻
  • 会社の信用を貶める虚偽の情報の書き込み
  • 預り金の横領や備品の窃盗

懲戒処分を行う理由

以上のような非違行為がある場合、懲戒処分をする必要があります。

なぜ、懲戒処分が必要なのでしょうか。

まずは、非違行為を行った従業員としての制裁です。従業員に対して反省を促すとともに今後の改善を促すために行います。

次に、企業内の風紀・秩序を維持するためです。問題社員が非違行為を行うことによって、社内の風紀は乱れ、他の同僚社員のモチベーションが低下します。

このような状況を漫然と放置すると、従業員の会社に対する忠誠心が低下し、社員の退職・掲示板やSNS等への書き込みを招き、優良な人材の確保が困難となります。

このような状況は回避させるためにも懲戒処分を行い社内風紀を維持させなければなりません。

懲戒処分を行うにあたっての注意点

事実関係の確認

従業員の非違行為を把握した場合、その非違行為が懲戒事由に該当すれば、あらゆる懲戒処分を行うことができるわけではありません。

非違行為の内容やその程度等に応じた相当な処分でなければいけません。

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労働基準法15条

そのため、非違行為を把握した場合、急いで懲戒処分をするのではなく、直属の上司や同僚から聴き取りを行い、その上で、非違行為を行った従業員から事情の聴き取りを行います。

聞き取りの際には、長時間(1時間以上)、複数回、過度の発言に及ぶような場合には、パワハラに該当するおそれがありますので、注意が必要です。

また、並行して、非違行為に関係する客観的な資料を収集し、事後的に非違行為の証明ができるようにしておきます。

懲戒事由に該当するかの確認

懲戒処分を行うためには「客観的に合理的な理由」が必要となります(労契法15条)。

客観的に合理的な理由が認められるためには、労働者の行為が就業規則に規定された懲戒事由に該当することが必要となります。

就業規則の懲戒事由は、個別の懲戒事由を列記した上で、様々な非違行為に対応するべく、一般的抽象的な規定(例 前各号に準ずる程度の行為を行ったとき等)を設けていることが多い。

しかし、労働者保護の観点から、懲戒事由の解釈は限定的に行います。

そのため、懲戒事由該当性の判断に際しては、仮に就業規則で懲戒事由を広範に規定していたとしても、非違行為の内容やその程度等の諸事情を踏まえて実質的に検討することが必要となります。

新たに判明した非違行為を対象とできるか?

懲戒処分をした後に分かった非違行為を懲戒事由として主張することができるかが問題となることがあります。

しかし、懲戒処分当時、企業が認識していなかった非違行為を、すでに行った懲戒処分の理由とすることはできません(山口観光事件最高裁第一小法廷平成8年9月26日判決)。

懲戒理由として告知されていなかった場合でも、企業が処分当時、その非違行為を認識しており、それが告知された非違行為と実質的に同一と言える場合や同種・同類型,密接に関連するものと認められる場合には、当該懲戒処分の有効性を根拠付けることができるとされます(富士見交通事件東京高裁平成13年9月12日判決)。

参考・山口観光事件最高裁第一小法廷平成8年9月26日判決

使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである。

懲戒解雇が有効となるためには

懲戒解雇とは

最も重い懲戒処分となるのが、懲戒解雇です。

従業員が重大な非違行為を行った場合に、企業が従業員との雇用契約を一方的に終了させる処分です。

また、懲戒解雇となれば、従業員としての立場を失うだけではなく、退職金の全部または大部分が不支給となったり、会社都合離職となるために転職活動に支障が生じることもあり、従業員に対して与える影響はとても大きいと言えます。

解雇の合理性と相当性

懲戒解雇が有効となるためには、①客観的に合理的な理由があり、②社会通念上相当である必要があり、その該当性の判断は慎重に行われ、余程のケースではない限り、懲戒解雇が有効なることはないといっても言い過ぎではありません。 

懲戒解雇が有効となり得るケースは以下のようなものが考えられます。

  • 会社内において、窃盗・横領・傷害などの犯罪行為に及んだ場合
  • 採用条件にもなった重要な経歴を詐称したこと
  • 正当な理由なく無断欠勤を2週間以上繰り返し、出勤の要請にも応じないとき

以上のような事情はあくまでも一例にすぎません。相談事例としては、無断欠勤・遅刻といった勤怠態度の悪さや能力不足を理由とした解雇の可否に係る相談が圧倒的に多い印象です。

就業規則に抵触する非違行為それ自体に加えて、様々な事情を総合的に考慮しながら、懲戒解雇を行うかを慎重に検討する必要があります。

具体的には、

  • 非違行為の内容やその結果が深刻なものか、
  • これまでの処分歴が多いのか、
  • 非違行為に及んだ動機は悪質か
  • 反省はしているか
  • 勤続歴や会社に対する貢献度はどの程度か

といった様々な事情を慎重に検討しなければなりません。

手続の相当性

さらに、解雇処分に付すことが客観的に合理的で相当であったとしても、解雇処分が非常に重たい処分であり、従業員に対する不利益の程度が大きいため、解雇処分をするにあたっては従業員本人との面談を行い弁明の機会を与えなければなりません。

また、就業規則において、懲戒解除を行うに際して、賞罰委員会等を開いた上で、その意見を聴取しなければならないと規定されている場合など、就業規則で定められた手続がある場合には、それを適切に履行する必要があります。

懲戒解雇に至るまでのプロセス

急いで解雇しない

懲戒解雇は、労働者に対して多くの不利益を及ぼすため、その有効性判断のハードルはとても高いです。

懲戒解雇が無効となれば、企業は、解決時までの給与相当額(バックペイ)、解決金、残業代などの経済的な負担を強いられ、SNSや転職会議等の情報媒体を通じた社会的信用の低下を招くこともあります。

そのため、従業員の非違行為があったとしても、先程述べたような犯罪行為のような極端な事例では限り、かなり慎重な対応が必要となります。 

まずは軽い処分から

無断欠勤や遅刻早退といった、軽微な非違行為があった場合には、非違行為に及んだ理由を聴き取った上で厳重注意を行います。

改善されない場合には、戒告等の懲戒処分を行い、段階を踏んで重たい懲戒処分を行うようにします。

これと並行しながら、定期的に従業員と面談を実施したり、社内研修を受講させるなど、従業員の課題解決のために向き合う姿勢が大事となります。

業務日報の作成

従業員の問題行為を改善させる有効な対応策として、業務日報の作成をしてもらうことがあります。特に、パフォーマンスが低い、クレームが多い、仕事をさぼる等の課題を持つ従業員に関しては、能力不足の原因を発見し、課題を解決させる一助となります。

また、課題を抱える従業員は、自身の問題や課題に気付きにくい傾向が強いですが、業務日報の作成を通じて、自身の問題点・過大に直面することになり、問題や課題の解決に向けた意識を持つきっかけとなります。

注意点としては、従業員に30分又は1時間刻みの業務内容を記載してもらうだけでなく、直属の上司等の会社側のコメントを記載することで、会社と従業員の双方向のコミュニケーションを心がけることです。コメントに際しては、感情的なコメントは控え、あくまでも従業員の課題を解決させることを心がけて記載することが重要です。

このような活動が、結果的に会社自身の課題の解決に繋がりますから、問題社員を解雇させるという結果ありきの業務日報の作成は控えましょう。

退職勧奨

あらゆる対応を尽くしてもなお改善の兆しがなければ、懲戒解雇の前に退職勧奨を行います。

  • 有給休暇の取得の頻度が多くなる、
  • 遅刻の頻度が多くなる、
  • 業務日報の内容が薄くなったり提出自体されなくなる

などの事情が見受けられるなど、これまでの就労状況に変化が見られるタイミングに応じて退職勧奨の面談を実施します。

面談時には、会社側の同席者は大人数にならないように注意します。あまりに多人数となると、退職強要と受け取られるリスクがあります。

また、退職勧奨はあくまでも従業員の自発的な意思による退職を促すものですから、解雇やクビといったワードは控えます。従業員は、面談時に秘密録音をしている可能性がありますから、発言には留意します。

さらには、従業員が退職勧奨に応じやすくするために、退職金の上乗せや数か月分の給与相当額の支払といったパッケージを用意しておくことも有用です。

退職合意書の作成

退職勧奨により従業員が退職の意思表示をした場合には、必ず退職合意書を作成するようにします。

退職合意書は、退職後に「解雇された」、「退職を強要された」と訴えてくるリスクを回避させます。それに加えて。退職後の競業行為を制限したり、顧客情報などの会社の機密情報の持ち出しを禁じることを合意書に明記させることで、会社の資産を守ることができます。

その他の懲戒処分

戒告・譴責

非違行為を行った従業員に対して、文書または口頭によって注意を行い、反省を求める処分です。

これに類する処分として譴責があります。譴責も同様に、企業が問題を起こした従業員に対して、将来に向けて戒める処分ですが、従業員に対して書面での反省を求められる点で戒告と異なります。

いずれの処分も懲戒処分の中で最も軽い処分になります。

減給処分

減給処分とは、企業が、非違行為に及んだ従業員の賃金を減額させる懲戒処分です。

しかし、この減給処分も無制限ではありません。

以下のような制限が労働基準法91条にて定められています。

①1回の額(すなわち、1件の懲戒事案についての減給額)が平均賃金の1日分の半額を超えてはならない。

②数件の懲戒事案について減給処分を科す場合、その総額が一賃金支払い期において現実に支払われる賃金の総額の10分の1を超えてはならない。

出勤停止

非違行為を行った従業員に対して、一定期間就労を禁ずる処分です。出勤が停止される期間において、従業員は給与を受給することはできません。なお、これに類するものとして、自宅待機命令があります。自宅待機命令の場合、従業員に対する給与が支給されるため、出勤停止処分とは異なります。

降格

非違行為を行った従業員の役職や職位を現在の役職等よりも引き下げる処分です。降格に伴って賃金も減額されます。降格に伴う賃金の減額の場合、減給処分のような減給幅はありません。また、一定期間が経過したとしても、役職の復帰がなければ、給与は引き下げられたままになります。

懲戒処分の選択

初回の非違行為の場合、それが軽微なものであれば、いきなり懲戒処分を選択するのではなく、口頭による厳重注意に留めることも必要です。

例えば、初めての無断欠勤や遅刻に対しては、厳重注意に留め、従業員の改善を促すよう努めます。いきなり懲戒処分に及ぶと、かえって従業員の更生を阻害してしまうこともあります。

非違行為の内容だけでなく、その非違行為によって生じた結果の程度、これまでの処分歴の有無や回数、従業員の反省の有無等を踏まえて、懲戒処分を選択します。

最後に

就業規則は、策定さえしておけば、あらゆるケースに対応ができる程、万能なものではありません。しかし、就業規則の内容が不十分であれば、適切な懲戒処分を行うことができないケースもあり、企業秩序の維持に支障が生じる事態もあるでしょう。また、就業規則は従業員の行動指針にもなり得るものですから、その内容は適宜修正をした上で、しっかりと従業員に周知させなければなりません。

就業規則の内容、懲戒処分の内容や手続についてお悩みがあれば、いつでもご相談くださいませ。