残業代に時効はあるのか?残業代を時効で消滅させるためには

会社は、社員が時間外労働いわゆる残業をした場合には残業代を支給しなければなりません。残業が発生したにもかかわらず残業代を支払わない場合、後になって社員から残業代の請求をされることがあります。

しかし、通常の債権と同様に、残業代請求権にも消滅時効があり、一定期間が経過すると時効によって消滅します。

本記事では、残業代請求権の消滅時効について詳しく解説し、関連して注意が必要な点もご紹介します。

そもそも残業代とは

まず、そもそも残業代とはどのようなものでしょうか。具体的にみていきましょう。

時間外割増賃金

時間外割増賃金は、法定労働時間である1日8時間、または1週間で40時間を超える時間外労働を行った場合に、支給される賃金です。

時間外割増賃金は、通常の賃金に1.25以上の割合を乗じた額としなければなりません。

TIPS!法定労働時間とは

法定労働時間とは、1日あたり休憩時間を除き労働させることができる時間です。法律上、法定労働時間は8時間とされています。

深夜割増賃金

深夜割増賃金とは、深夜の時間帯である午後10時から午前5時における労働に対して支給される賃金です。深夜労働をした場合、通常の賃金に0.25以上の割合を乗じた額を支給する必要があります。

深夜の時間帯に残業をした場合には、深夜割増賃金に加え、時間外手当も支給する必要があります。

その結果、深夜残業に対しては、通常の賃金に1.5以上の割合を乗じた額を支給する必要があります。

休日手当

休日手当は、法定休日に労働した場合に支給される手当です。休日手当は通常の賃金に1.35以上の割合を乗じた額を支給する必要があります。

休日労働において深夜労働が生じた場合には、さらに深夜割増賃金を支給する必要があるため、通常の賃金に1.6以上の割合を乗じた額となります。

TIPS!休日とは

休日労働における休日とは、法定休日です。

法定休日とは法律上労働者に対して与えなければならない休日です。会社は法定休日を特定するのが望ましいです。特定していない場合には、土日が休日の会社であれば、暦週(日~土)において後順に位置する土曜日が法定休日となると解釈されます。

残業代請求の時効期間は2年から3年に

近年の法改正により、残業代請求権の消滅時効の期間が延長されましたので、以下で詳しくみていきましょう。

時効期間が延長された理由

2020年4月の労働基準法改正により、残業代請求権を含む給与の消滅時効の期間が2年から3年に延長されました。

もともと、給与の消滅時効の期間は民法で1年とされていました(改正前民法第174条)。

しかし、1年で給与債権が消滅してしまうのでは労働者の保護に欠けるとして、労働基準法で2年に延ばす特例を定めていました(改正前労働基準法第115条)。

ところが、2020年4月に民法が大改正されることになり、その改正事項の一つとして、債権の種類ごとに異なっていた消滅時効の期間が統一されることになりました。

①債権者が権利を行使できることを知った時から5年間行使しないとき

②権利を行使することができる時から10年間行使しないとき

これにより、給与も他の通常の債権もすべて5年の消滅時効期間とされました。

しかし、これまで2年の消滅時効となっていたものをいきなり5年に延長してしまうと企業側の負担が大きくなるため、企業側はこれに強く反対しました。

そこで、折衷案として、消滅時効の期間を3年に延長することとなったのです。

①賃金の消滅時効期間を5年とする

②ただし、当分の間、消滅時効期間を3年とする経過措置を設ける

時効が延長される残業代(2020年4月以降に成立した債権)

消滅時効の期間が3年に延長される残業代は、2020年4月以降に成立したものです。

そのため、2020年3月までに成立した残業代は、従前と同様、2年で消滅時効が成立します。

いつから5年となるのか

法律の改正により、当分の間、給与債権の時効は3年となりました。

しかし、これはあくまでも経過措置です。

経過措置に関して、法律の施行後5年を経過した場合、施行状況を勘案しつつ検討を加え、必要に応じて措置を講じるという規定が定められています。

そのため、法律の施行された令和2年から5年を経過する令和7年頃に、残業代を含む給与債権の時効が5年に伸びる可能性があります。

残業代債権を時効で消すためには

消滅時効期間を経過しただけでは、残業代債権が消滅することはありません。

では、消滅時効期間を経過した残業代債権を消滅させるためにはどうしたらよいでしょうか。

残業代債権を消滅させるためには、時効期間が経過した後、時効を援用する必要があります。

時効の援用とは、時効により債務を消滅させることを表明することです。要するに、残業代の場合、会社は債権者である社員に対して消滅時効が完成したことを意思表示しなければなりません。

社員に対して消滅時効の完成を主張することで初めて、残業代債権は消滅するのです。

内容証明により時効の援用をする

時効の援用は、『内容証明郵便』により行いましょう。

時効の援用は口頭でも行えます。

しかし、口頭であれば、言った言っていないの水掛論に発展しがちです。

そこで、時効の援用をした日時や意思表示の内容を事後的に証明するため、内容証明郵便を利用して時効の援用をします。

時効期間はいつから進行するのか(起算日)

残業代の時効は、賃金の支払日の翌日から進行します。

例えば、給料日が毎月25日であれば、26日から時効期間が進行することになります。そのため、2023年4月1日に残業代請求の訴訟を提起する場合、2020年3月25日以前の残業代は時効となります。ただ、月給制であれば、1日ごとに残業代が消滅するものではなく、1か月ごとに消滅時効となります。

残業代債権の時効の更新(中断)

時効期間中に時効が更新すると、時効期間はゼロからスタートします。

消滅時効について気を付けなければならないのは、時効の更新です。改正前民法では「中断」という用語でした。

時効の更新とは、時効期間が経過している間に一定の事情が生じた場合、時効期間の経過をリセットし、その時から改めて時効期間を進行させることです。

たとえば、残業代が発生したあと2年後に更新事由が生じた場合、経過した2年間は数えず、その時点から改めて3年(2020年4月以降に発生した場合を想定)が経過しないと消滅時効は完成しないことになります。 

承認に気をつける

時効の更新事由には、裁判上の請求等、強制執行等、承認などがありますが、残業代債権については承認に注意が必要です。

承認とは、債権の存在を認めることを債権者に対して表示することです。

たとえば、社員から残業代の請求を受けた際に、消滅時効が完成している残業代があるにもかかわらず、交渉の中でそれも含めて残業代の存在を認めてしまうと、せっかく完成した消滅時効が更新されてしまいます。

したがって、特に社員から残業代を請求されたような場合には、うかつにその存在を認めたりせず、消滅時効が完成したものがないか精査するようにしましょう。

催告により完成が猶予される

時効の完成直前に、社員から残業代を支払うよう催告を受けると、催告日から6か月間、時効の完成が猶予されます。

社員がこの6か月の間に労働審判や訴訟を提起することで、これらの裁判手続が終了するまでの間、さらに時効の完成が猶予されることになります。

しかし、6か月の間に、社員が再度裁判外で催告を繰り返しても、さらなる完成猶予の効力は生じません。

時効完成後の支払猶予

時効が完成した後に、残業代の支払猶予を求めたり、残業代の一部を支払ってしまうと、それ以降、時効の援用をすることはできなくなります。

そのため、社員から残業代の請求を受けた場合、安易にこれに応じるのではなく、時効期間の到来している残業代がないかを十分に精査しましょう。

付加金の時効は?

付加金とは、裁判所が使用者に対して、未払いの残業代等の額と同額の金額の支払いを命じられるものです(労働基準法第114条)。

付加金は、残業代等の未払いに対するある種のペナルティの意味合いがあります。その態様が悪質な場合に認められるもので、必ず命じられるものではありません。

必ず裁判手続きを経て裁判所の判決によらなければならず、裁判外での和解や、裁判を経ていても判決ではなく和解で終結する場合には、付加金は命じられません。

付加金にも期限がある

労働者が裁判所に対して、付加金の支払いを命じるよう求める必要があります。

しかし、その請求は違反の時から3年以内にする必要があります。そのため、違反から3年が経過すれば、付加金を命じられることはなくなります。なお、付加金についても残業代の消滅時効と同様にいずれは5年となる予定です。

ただし、法的にいうとこれは「消滅時効」ではなく、「除斥期間」というものです。

消滅時効のような更新などはなく、援用の意思表示の必要もありません。企業が付加金の存在を承認したとしても、3年が経過すれば、社員は付加金請求できなくなります。

賃金台帳の保管期間も延長

賃金台帳や労働者名簿、出勤簿、タイムカード等の記録等の保存期間が5年間に延長されました。ただし、「当分の間(期日の明記なし)」は3年間とされています。

会社が適切に賃金台帳等の資料を保管していない場合には、30万円以下の罰金刑に処されるおそれがあります。

 残業代を支払わない場合のリスク

ここまで見たとおり、残業代を支払わなくても、一定の期間が経過すれば消滅して支払わなくてもよくなります。

しかし、残業代を支払わないことには当然ながらリスクがあります。

以下具体的なリスクを解説します。

付加金

前述のとおり、残業代の未払いが裁判所の判決で認められた場合、未払い残業代だけでなく、付加金の支払いが命じられる可能性があります。

付加金は、未払い残業代と同額を上限に命じられる可能性があるので、最大で未払い残業代の倍額を支払わなければならないリスクがあります。

また、付加金は悪質なケースで認められるものなので、付加金が認められたということは、その会社が労務管理を怠るブラック企業であると裁判所に判断されたことと等しい意味を持ちます。

単に付加金が上乗せされてしまうという金銭的なダメージだけでなく、会社の評判・印象を著しく損なうリスクがあることも理解しておきましょう。

是正勧告・公表・刑事罰

労働基準監督署は、会社へ立ち入り検査などで残業代の未払いなどの労働基準法違反を認めた場合、会社に対して、その是正の勧告を行うことがあります。

是正勧告自体に法的な強制力はありませんが、これにきちんと対応しないと、会社名が公表されてしまうリスクがあります。

その場合、上記の付加金の場合と同様に、会社の評判・印象を損なうリスクがあるでしょう。

また、残業代の未払いには6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰も定められています(労働基準法第119条)。そのため、悪質な場合は刑事責任を追及される可能性もあるのです。なお、その場合、会社や代表者だけでなく、部下に違法な残業を命じた管理職なども責任を追及される可能性があります。

遅延損害金

未払いの残業代を請求される場合、当然ながらその残業代は本来支払われるべき時から遅延している状態になっています。

民法上、支払いに遅れた債権については、遅延損害金というものが発生します。

2023年4月1日現在でいうと支払日の翌日から年3%の遅延損害金が生じます。

しかし、従業員が退職している場合には、退職日の翌日から、年14.6%の遅延損害金が加算されます(賃金の支払の確保等に関する法律第6条)。

残業代の未払いを防ぐための対策

それでは、残業代の未払いを防ぐためにはどうしたらよいでしょうか。いくつかの対策を確認しておきましょう。

労働時間の管理を徹底する

残業代の未払いは、多くの場合、会社が社員の労働時間を把握できていない、又はそもそも把握をしようとしていないことから生じます。

上記でみた未払い残業代のリスクを防止するために、社員の労働時間を正確に把握し管理を徹底しましょう。

勤怠管理システムやタイムカードなどの労働時間を把握するためのシステムや就業規則等を整備し、労働時間に該当するかどうかがあいまいにならないようにすることが必要です。

そして把握した労働時間に対しては、きちんと残業代を計算し正確に支給しましょう。

残業の事前申請

労働時間の管理の徹底の一つとして、残業をするためには事前申請を必要とすることも有効です。

上司の事前申請がなければ残業を認めないとすることで、社員の自主判断による過剰な残業に対して残業代が発生することを抑制することができます。

業務効率の改善

根本的な観点として、残業が発生するのは定時の労働時間で業務が完了しないからです。

今一度業務全体を整理し、人員の適正な配置、無駄な業務の削減、ペーパレス化、RPA等の自動化の導入等、業務効率を改善することで残業時間の削減が期待できるでしょう。

固定残業代の導入

また、固定残業代制という制度を採用することで残業代の未払いを防止することができます。

固定残業代制は、残業時間の有無にかかわらず、一定の額の手当てを支払うことで、残業代の支払いとみなす制度です。

たとえば、時間外手当が時給2000円で月30時間分の固定残業制とする場合、たとえ残業時間が10時間だったとしても、基本給に加えて固定残業代6万円が支払われることになります。

こうすることで、個々の社員につき30時間以下の残業については残業時間を計算する必要がなくなることから、未払い残業代が発生しにくくなります。

ただし、固定残業制の対象となる時間(この場合30時間)を超える残業があった場合は、超えた部分について残業代は発生するので、この点の管理が必要であることには注意しましょう。

残業代の問題は弁護士に相談を

適切に残業代を支払い、未払いのない状況が理想です。

しかし、万が一長期間にわたって未払いの状況があれば、時効により残業代を消滅させることができるかもしれません。

時効期間の改正により、企業が負担するべき残業代は大幅に増加しました。

負担を少しでも軽減させるためにも、安易に残業代の支払いに応じるのではなく、あらかじめ弁護士に相談をし、適切に支払うべき残業代を算出しましょう。

当事務所には、中小企業診断士である弁護士が在籍しており、労働問題を含む中小企業法務全般を得意としています。

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