経営状況の悪化や人事評価などを理由に、社員の給料(賃金)を減額したい場面は少なくありません。しかし、給料は労働条件の中でも極めて重要な要素であり、会社が一方的に引き下げることは原則としてできません。社員に減額を提案しても「同意しない・拒否する」ケースは多く、進め方を誤ると減額そのものが無効になり、差額賃金の支払いを命じられます。
本記事では、「社員が減給に同意しないとどうなるのか」への結論を先に示したうえで、①減額できる4つの方法、②個別同意による減額に必要な「自由な意思」(裁判例)、③就業規則の不利益変更の要件、④懲戒の減給の上限(労基法91条)、⑤同意書の作り方、⑥拒否された場合の対処法までを、企業側の視点で弁護士がわかりやすく解説します。
社員が同意しなければ、原則として従前の給料が維持され、一方的な減額は無効です(労働契約法8条)。会社が減額を実現できるのは、①本人の同意を得る、②就業規則を合理的に不利益変更する(労契法10条)、③降格・配置転換に伴い規程に基づき減額する、④懲戒処分として減給する(労基法91条の上限内)のいずれかに限られます。減額の拒否を理由に解雇するのは不当解雇のリスクが高く、避けるべきです。
1【原則】従業員の同意なく一方的に給料は減額できない
給料は労働者の生活を支える基盤であり、労働条件の中でも特に重要な要素です。労働条件は、労働者と使用者が対等の立場での合意に基づいて変更するのが原則です(労基法2条1項、労働契約法3条1項・8条)。
「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」
=合意(同意)が原則。会社都合や経営悪化を理由に一方的に賃金を減額することは、労働者に重大な不利益をもたらす「労働条件の不利益変更」にあたり、高度の必要性が認められない限り認められません。
2給料を減額できる4つの方法(比較表)一覧表
一方的な減額は原則できませんが、次の4つの経路であれば、要件を満たす限り減額が可能です。まず全体像を押さえましょう。
| 方法 | 主な根拠・要件 | ポイント |
|---|---|---|
| ① 個別同意 | 労働者の自由な意思に基づく同意(労契法8条)。不利益の内容・程度、経緯、事前説明に照らし、合理的理由の客観的存在が必要 | 最も安全。書面化が必須 |
| ② 就業規則の不利益変更 | 変更の合理性+周知(労契法10条)。賃金など重要な労働条件は「高度の必要性」が必要 | 同意なしでも可だがハードルが高い |
| ③ 降格・配置転換 | 就業規則等に降格・等級引下げの根拠があり、権利濫用でないこと | 規程上の根拠が前提 |
| ④ 懲戒の減給 | 就業規則の懲戒事由に該当。労基法91条の上限内(後述) | 制裁。上限が厳格 |
3個別同意による減額――「自由な意思」が必要裁判例で解説
最も安全なのは、社員の個別の同意を得て減額する方法です。ただし、同意が形式的に存在すれば足りるわけではありません。裁判所は、同意書に署名があっても、それが本当に労働者の自由な意思に基づくものかを厳しく審査します。
同意を得るための適切な手順

4就業規則の不利益変更で減額する場合(労契法10条)裁判例で解説
個別同意が得られない場合、就業規則を変更して賃金を引き下げる方法があります。ただし、労働条件の不利益変更となるため、変更の合理性と労働者への周知が必要です(労働契約法10条)。
合理性は、①労働者が受ける不利益の程度、②変更の必要性、③変更後の内容の相当性、④代償措置・経過措置の有無、⑤労働組合等との交渉の状況、などを総合して判断されます。賃金減額の不利益を緩和する代償措置(経過措置、他の手当の新設等)を講じることが、合理性を高めます。
5降格・配置転換に伴って減額する場合
職務内容や役職と賃金が結びついている場合、降格・配置転換に伴って賃金が減額されることがあります。もっとも、これも無条件ではありません。
降格・等級の引下げによる減額を行うには、就業規則等に降格・等級引下げの根拠があることが前提となり、その根拠に従った運用であって、権利濫用にあたらないことが必要です。規程上の根拠を欠く降格・減額は、理由の当否を問うまでもなく無効となります。特定のポストや部署が廃止されたことに伴う配置転換など、業務上の必要性がある場合には賃金減額が有効と判断されやすい一方、退職に追い込む目的の配転は無効・違法とされた裁判例もあります。
6懲戒処分としての減給の上限(労働基準法91条)上限に注意
問題行動への制裁(懲戒処分)として賃金を減らす「減給」は、労働基準法91条で上限が定められています。上限を超える減給は無効です。
1回の額は、平均賃金の1日分の半額を超えてはならない。
総額は、一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない。
複数の非違行為があっても、一賃金支払期では総額10分の1が限度です。
労基法91条の上限がかかるのは、あくまで制裁としての減給です。降格や人事評価に伴って賃金が下がる場合は、制裁ではなく地位・等級の変更に伴う結果なので、91条の上限そのものは適用されません(ただし、就業規則上の根拠・合理性が必要)。
7減給の同意書に記載すべき項目と、同意書がない場合のリスク新設
個別同意で減額する場合、同意内容は必ず書面(同意書)に残します。口頭やメールでの曖昧な合意は、後で「言った・言わない」や「無効だ」という主張を招きます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 減額の対象 | 基本給・手当など、減額する賃金項目を特定 |
| 減額の金額・率 | 減額前後の金額(または率)を明記 |
| 減額の理由 | 経営状況・必要性など、減額に至った理由 |
| 実施時期 | いつから適用するか(期間の定めがあれば期間も) |
| 双方の署名 | 労働者・会社双方が署名・押印し、同意を確認 |
同意書がないと、会社側が「同意があった」ことを立証できず、減額が無効と判断されるおそれがあります。前記・山梨県民信用組合事件のとおり、署名があっても十分な説明を欠くと同意は無効になり得ます。減額の必要性・内容を説明した資料も併せて保管しましょう。
8給料の減額を拒否された場合の対処法
① 拒否する理由を確認する
まず、社員が減額を拒否する理由(生活への影響・説明不足・評価への不満など)を確認します。理由に応じて説明を尽くせば、同意に至ることもあります。
② 拒否を理由に解雇しない
減額に同意しないことを理由に解雇・不利益な取扱いをすると、不当解雇(無効=バックペイ)や違法と判断されるおそれが高いです。自宅待機など事実上の不利益取扱いも避けるべきです。
③ 代替案・不利益を緩和する措置を検討する
減額幅の縮小、実施時期の調整、経過措置、他の待遇改善など、代替案・代償措置を提示することで合意に至る余地が広がります。どうしても必要な場合は、就業規則の不利益変更(合理性・周知)による方法を、専門家に相談のうえ慎重に検討します。



