10人未満の事業所で就業規則を作成しないリスクとは?

労働基準法によると、常時 10 人以上の従業員を雇用する場合は法的に就業規則の作成・届出が義務付けられます。

他方で、「常時の労働者が10人未満」の事業所では就業規則を作成する義務はありません。そのため、小規模の事業所では就業規則が作成されずにいることが非常に多いです。

ただし実際には、労働者が10人未満の事業所でも就業規則を作成するよう強く推奨しています。

就業規則がなかったら、問題を起こした従業員を懲戒できません。有給や育休の取得時にトラブルが発生したり、助成金の申請ができなくなったりするリスクも高くなってしまいます。

今回は就業規則の作成が必要な「常時の労働者が10人」の意味や、従業員10人未満でも就業規則を作成する必要性について解説します。

「うちは社員の数が少ないから就業規則を作っていない」という経営者の方は、ぜひ参考にしてみてください。

就業規則違反の従業員に対する適切な対応については、こちらのコラムで解説してください。

就業規則の変更手続については、こちらのコラムで解説しています。

1.就業規則が必要な「常時の労働者が10人」の意味

労働基準法では「常時の労働者が10人以上」の事業所へ就業規則を義務づけています。

具体的にはどういった状況になると就業規則が必要となるのか、みていきましょう。

1-1.労働者の範囲

「労働者」には「あらゆる雇用形態」の労働者が含まれます。

正社員だけではなく契約社員やパートタイマー、アルバイトなどの従業員も計算に入れなければなりません。

たとえ、1日の労働時間が1時間や2時間と短時間の場合であっても、ここでいう労働者には当然あたります。

ただし、派遣社員の場合、派遣元会社との間で雇用契約を締結していますから、派遣社員の人数は入れずに計算します。

1-2.「10人」は事業所ごとにカウントする

「10人」は「事業所ごと」にカウントします。

たとえば東京本社と大阪支店がある会社で東京本社に15名、大阪支店に8名の従業員がいたら、東京本社でのみ就業規則の作成義務があります。

大阪支店で労働者が10名以上になれば、東京本社とは別に就業規則を作成して大阪支店に備え付けなければなりません。

なお、就業規則は「作成」するだけではなく、労働組合あるいは労働者の過半数を代表する者からの意見聴取、労働基準監督署へ「届出」をしなければならないので、これらを怠らないように注意しましょう。

また、届出をした後、従業員に就業規則を周知させなければなりませんので、注意が必要です。

2.10人未満の事業所で就業規則を作らないリスク

常時の労働者が10人未満で就業規則の作成義務がない事業所でも、作成しておかないとさまざまなリスクが発生します。

2-1.懲戒できない

就業規則がないと、問題を起こした従業員を懲戒できません。

一般に、会社のお金を横領した、強制わいせつや重大なセクハラ行為を行った、会社の名誉を大きく毀損した、長期間無断欠勤したなど問題行動を起こした従業員がいる場合、会社には「懲戒」する権利が認められます。問題行動の内容や程度により、従業員に対してペナルティを課すことができます。

しかし、懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒の対象となる行為とこれに対応する処分内容(戒告・譴責、減給、出勤停止、降格、懲戒解雇)が具体的に定められていなければなりません。

就業規則がなかったら、重大な非行をした従業員がいても懲戒解雇等の懲戒処分を付すことができません。問題社員を漫然と放置することは、人材の流出を招き会社の生産性を低下させます。また、場合によっては会社が問題社員と一緒に損害賠償請求を受けることもあります(使用者責任)。このように、問題社員を懲戒できずに漫然と放置することは、会社にとっては大きなリスクとなってしまいます。

2-2.有給の計画的付与ができない

有給休暇とは

業種、業態にかかわらず、また、正社員、パートタイム労働者などの区分に関係なく、会社は一定の要件を満たした全ての労働者に対して、年次有給休暇を与えなければなりません(労働基準法第39条)。

しかも、年次有給休暇を取得する日は、労働者が指定することによって決まります。会社はその指定された日に年次有給休暇を与えならず、特段の事情がない限り別日を指定することはできません。

しかし、従業員が五月雨的に有給を取得すると、繁忙期に休まれたり、有給取得者が短期間に集中したりして、業務に支障が生じる可能性があります。

有給休暇の計画的付与

そこで、対処方法として会社があらかじめ従業員に対し、計画的に有給休暇をとらせる方法が有効です(有給休暇の計画的付与)。

計画的付与の対象日数は、保有する日数に関係なく、前年の繰越し分も含め、5日を超える部分です。5日分については計画的付与から除外されます、つまり、5日分については従業員の自由により決めることができます。

有給の計画的付与をする場合、対象となる労働者の範囲や指定方法について『就業規則』に記載しなければなりません。正社員か契約社員かといった雇用形態や、フルタイム労働者かパートタイム労働者かといった勤務形態にとらわれず、計画的付与の対象者とすることが可能です。

有給休暇の取得義務

会社は、年次有給休暇が10日以上有する従業員に年5日の年次有給休暇を取得させなければなりません(有給休暇の取得義務)。会社がこれを怠る場合には、対象となる労働者1人あたり30万円以下の罰金が科されることがあります。

有給休暇の時季指定をする場合は、その対象となる労働者の範囲及び時季指定の方法等を就業規則に記載しなければなりません。

就業規則による規定

以上から分かるように、就業規則がないと、有給休暇の計画的付与や取得時季の指定ができません。その結果、有給休暇の集中による業務効率の低下、有給休暇の取得が進まないことによる従業員のモチベーション低下だけでなく、取得義務に抵触するリスクが発生します。

2-3.遅刻や早退、欠勤の際の計算方法が明らかにならない

就業規則がないと、遅刻や早退、欠勤の際にもトラブルになる可能性があります。

そもそも労働契約において、労働者が働かなければ会社は賃金を支払う必要はありません。

これを「ノーワーク・ノーペイの原則」といいます。遅刻や早退により、所定時間の労働を提供できていない以上、これに対応する給与は支払う必要がないということです。

しかし、遅刻、早退、欠勤の場合の欠勤控除の内容については、法令上の定めがありませんので、就業規則がなければ、具体的にどのように賃金を減額すべきかが明らかになりません。控除の額について根拠を示せなくなってしまう可能性があります。

また計算方法を明らかにしていないと、従業員も納得しにくいでしょうし、計算が複雑になって会社側としても対応に苦慮するリスクが発生します。

あらかじめ就業規則に賃金の計算方法を明確にしておけば、遅刻や早退、欠勤があっても問題なく対処できます。

2-3 助成金の受給ができない

 中小企業においては、キャリアアップ助成金をはじめとした様々な助成金の受給をしている、あるいは、これを検討しているケースが多いと思います。

 助成金の主要なものとしては、以下のものがよく利用されています。

  • キャリアアップ助成金
  • 人材開発支援助成金
  • 人材確保等支援助成金
  • 両立支援等助成金、
  • 働き方改革推進支援助成金

 これら助成金の受給のために、就業規則の作成だけでなく、各助成金の内容に応じた規定を設ける必要があります、

 そのため、就業規則すら作成していない場合には、主だった助成金の受給ができないデメリットがあります。

2-4.ルールが明確にならずトラブルが多くなる

就業規則は社内に通用するルールです。

始業や就業の時刻、労働時間、賃金の計算方法、休憩時間、退職に関する事項、育休や介護休業に関する事項など、さまざまな重要事項が定められています。

就業規則がなかったらルールが明確にならないので、従業員との間でトラブルが発生するリスクも高くなるでしょう。

また、トラブルにまで発展しなかったとしても、何らの客観的なルールもない中で、従業員の労務管理をすることになり、従業員の会社に対する不信感を生む原因となり、モチベーションの低下や人材の流出を招くリスクもあるでしょう。

3.就業規則を作成するメリット

就業規則を作成すると、以下のようなメリットを期待できます。

3-1.社内の秩序が守られる

就業規則があると社内のルールが明らかになり、従業員はそれに従って行動するようになります。特に、懲戒規定の存在によって、あらかじめ懲戒処分の内容やその対象となる行為を具体的に示すことで、問題行為を未然に防止することも期待できます。

これに違反する従業員がいたら、会社側は就業規則を示して注意できますし、場合によっては懲戒処分を付すことによって、会社内の企業秩序を維持することができます。

社内の規律が守られやすくなり、秩序が維持されやすくなるのは大きなメリットといえるでしょう。

3-2.残業代トラブルを防止できる

就業規則を定めると、さまざまな労働時間制度を導入できて残業代トラブルを防ぎやすくなるメリットがあります。

たとえば固定残業代制度を導入するには、給与明細に記載するだけでなく、就業規則にも明示しておかねばなりません。

事業場外のみなし労働時間制を導入する際にも、就業規則などによって労働契約の内容としておく必要があります。

事業内容や労働者の働き方に応じてこれらの残業代制度を導入すると、未払いの残業代が発生しにくくなって残業代トラブルを防止しやすくなる効果を期待できます。

残業代トラブルを避けるためにも就業規則は有用です。

3-3.従業員が安心して働ける

就業規則に社内ルールが明示されていると、従業員の不安が解消される効果もあります。

たとえばどのような場合に育児休業や介護休業を取得できるのか、労災があった場合の補償内容、セクハラやパワハラの相談先など、あらかじめ明らかになっていたら従業員としても「何かあったら就業規則に従って処理されるだろう」ととらえて安心できるものです。

疑問が生じたときには就業規則の内容について上司に気軽に相談ができて風通しの良い職場となり、離職率の低減にもつながる可能性があります。

3-4.トラブル解決の指針になる

就業規則があると、万一労使トラブルが起こった際に解決の指針となります。

休憩時間、労災、育児休業や有給、残業代の計算方法、懲戒などについて、従業員の対応や理解が間違っていたら会社が就業規則を示して指導できますし、会社が間違えた場合にも速やかに訂正できます。

労働審判、訴訟などに持ち込まなくてもトラブルを早期解決しやすくなるのが大きなメリットです。

4.就業規則の作成方法

就業規則の内容

就業規則には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、該当するときに記載しなければならない「相対的必要記載事項」、さらに記載するかどうかは会社に委ねられる「任意的記載事項」があります。

最低限、絶対的必要記載事項については必ず記載しなければなりません。

絶対的必要記載事項

①始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて交代に就業させる場合おいては終業時転換に関する事項

ここでいう「休暇」には、年次有給休暇、産前産後休暇、生理休暇に加えて、令和4年に改正された育児・介護休業法による育児休業や介護休業、子の看護休暇なども含まれています。

②賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号に同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

③退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

厚生労働省が公表しているモデル就業規則が参考になりますが、必ずしもそのまま適用すれば良いとは限りません。

事業場には個性があるので、状況に応じた就業規則を作成する必要があります。

自社に適合しない就業規則を作成してもトラブル予防や解決には役立たないので、注意しましょう。

就業規則の作成手続

就業規則の内容が確定すると、その次は、労働組合あるいは従業員の過半数を代表する者の意見を聴き取る必要があります。過半数代表者の選出については、民主的な方法により行う必要があり、使用者の意向を酌んだ恣意的な選出方法では認められないため、注意を要します。

これらの者の意見を記載した意見書を取得できたら、これを添付した就業規則を労働基準監督署に届け出をします。

 これに留まらず、就業規則を従業員に周知させなければ、就業規則が労働条件として効力は生じません。周知方法は以下のものが挙げられます。また、毎月交付する給与明細内に就業規則の保管場所を明記しておく方法もオススメですのでご参考ください。

  1. 常時各作業場の見やすい場所に掲示する、または備え付ける
  2. 書面で労働者に交付する
  3. 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する

最後に

当事務所の弁護士は、会社の実情に応じた就業規則の作成をサポートいたします。改正法への対処も弁護士に任せれば安心ですので、お気軽にご相談ください。