タイムカードの改ざん・不正打刻は、遅刻・欠勤や労働時間をごまかし、残業代などの賃金を不正に受給する行為です。会社に金銭的損害を与えるだけでなく、社内の規律・モラルを大きく損ないます。企業としては、懲戒処分・懲戒解雇の可否、刑事告発、過払い賃金の返還請求を適切に進める必要があります。
本記事では、改ざん・不正打刻の手口と成立し得る罪を整理したうえで、①不正が発覚・告発されたときの対応フロー、②懲戒処分の選び方(7種類の段階性・量定の考慮要素・裁判例)、③懲戒解雇が有効になる条件、④過払い残業代の返還と賃金相殺の可否(労基法24条)、⑤予防策までを、企業側の視点で弁護士がわかりやすく解説します。
不正打刻・改ざんは懲戒処分の対象となり、悪質な場合は懲戒解雇も可能です。ただし、①客観的な証拠の確保、②本人の弁明の機会、③処分の段階性・相当性を欠くと、不当解雇(無効=バックペイ)と判断されるリスクがあります。給与の不正受給を認識して行った不正打刻は詐欺罪(刑法246条)にも当たり得ます。過払いした残業代は返還請求できますが、賃金からの一方的な相殺は労基法24条(全額払)で原則できません。
1タイムカードの改ざん・不正打刻とは?主な手口
タイムカードの改ざん・不正打刻とは、実際の始業・終業時刻と異なる打刻を行い、労働時間を偽る行為です。始業・終業時刻の正確な打刻は、労働者が守るべき基本的な服務規律であり、使用者にも労働時間を適正に把握する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3等)。主な手口は次のとおりです。
① 本人以外による打刻(代理打刻)
遅刻・欠勤を隠すため、同僚などに頼んで自分のタイムカードを打刻してもらう行為です。頼んだ側・頼まれた側の双方が懲戒の対象になり得ます。
② 労働時間の水増し(カラ残業)
実際には働いていないのに、残業したかのように打刻し、残業代を不正に受給する行為です。
③ 労働時間の過少申告
長時間労働を隠すため、実際より短く打刻・申告する行為です。上司の指示や、会社の労働時間把握が不十分なことが背景にある場合もあり、その場合は過少申告した労働者より、隠蔽・黙認した上司側の責任が問題になります。
④ 企業側の指示による改ざん
残業代の負担を軽くするため、会社・上司が労働時間を短く改ざんさせるケースです。これは企業側の違法行為であり、別途ペナルティの対象になります(第8章)。
2タイムカードの改ざん・不正打刻は犯罪になる法定刑つき
改ざん・不正打刻は、状況によっては重大な犯罪に当たり、会社が受けた損害の程度によっては刑事告訴・告発を検討すべきケースもあります。
| 罪名 | 成立する場面 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 詐欺罪 (刑法246条) | 労働時間を偽り、残業代など賃金を不正に受給した(=会社を欺いて金銭を得た) | 10年以下の拘禁刑 |
| 電磁的記録 不正作出罪 (刑法161条の2) | クラウド・システム上で勤怠を管理している場合に、その電磁的記録を不正に操作・作出した | 5年以下の拘禁刑 又は50万円以下の罰金 |
| 私文書偽造罪 (刑法159条) | 紙のタイムカードに偽りの労働時間を記載した | 3月以上5年以下の拘禁刑 |
単なる打刻ミスではなく、給与を不正に受給することを認識・認容して不正打刻を行った場合に詐欺罪が問題になります。会社の就業規則に「刑罰法規に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき」等の懲戒事由があれば、これにも該当します。
3不正打刻・改ざんが発覚・告発されたときの対応フロー新設
不正打刻の疑いが発覚したり、社内から告発(内部通報)があった場合、会社は思い込みで処分せず、客観的な証拠に基づいて段階的に進める必要があります。全体像は次のとおりです。
社内から不正の通報があった場合、通報者の保護(不利益取扱いの禁止)に配慮しつつ、通報内容を鵜呑みにせず客観的に調査します。プライバシーに配慮し、具体的な名指しは避けつつ、一貫した対応で規律を示すことが再発防止につながります。
4懲戒処分の可否と選び方(段階性・量定・裁判例)裁判例で解説
不正打刻・改ざんは懲戒事由に該当しますが、いきなり最も重い懲戒解雇を選べるわけではありません。懲戒処分は、軽いものから重いものへ段階的に行うのが原則です。
懲戒処分の7種類(軽い順)
- 戒告(口頭・文書での注意)
- けん責(始末書を提出させ将来を戒める)
- 減給
- 出勤停止
- 降職・降格
- 諭旨解雇(退職を促す)
- 懲戒解雇(最も重い処分)
初めての非違行為による懲戒解雇は、よほど重大でない限り有効とはなりにくく、戒告・けん責など軽度の処分から段階的に行うのが無難です。特に周知がなく、給与の支払(不正受給)にまで至っていない事案では、軽微な処分から始めるべき場合が多いといえます。
処分の重さを決める量定の考慮要素
| 要素 | 見られるポイント |
|---|---|
| 不正の態様 | 故意か過失か、不正が行われた期間・回数、手口の悪質さ |
| 不正受給の金額 | 会社に与えた損害の大きさ |
| 過払手当の返済 | 過払い分を返還したか、その額 |
| 反省の態度 | 本人の謝罪・反省の有無、他の従業員に及ぼす影響 |
| 会社の管理実態 | 会社の労働時間管理制度の運用実態(いい加減な打刻を黙認していなかったか) |
裁判例に見る「有効」と「無効」の分かれ目
5悪質な場合の懲戒解雇と、不当解雇のリスク
不正が繰り返される場合や、悪質な改ざんで会社に少なくない損害を与えた場合には、最も重い懲戒解雇を選べることもあります。ただし、懲戒解雇には厳格な条件があります。
懲戒解雇が認められる条件
不正行為が客観的に合理的な理由にあたり、懲戒解雇とすることが社会通念上相当と認められる必要があります(労働契約法15条・16条)。前記のとおり、期間・金額・回数、損害の大きさ、他の社員への影響、本人の謝罪・反省の有無に加え、事前の周知や段階的な処分歴があるかが重視されます。改ざんの事実が発覚した際に、適切な調査を行い、従業員に弁明の機会を与えるプロセスも重要です。
解雇に十分な理由がないのに懲戒解雇をすると不当解雇(無効)となり、労働契約は存続します。会社は、社員が働いていなくても解雇時点に遡って賃金を支払う義務(バックペイ)を負い、労働審判・訴訟では別途解決金を求められることもあります。十分な調査と証拠を欠いたまま解雇するのは避けるべきです。
6過払い残業代の返還請求と、賃金相殺の可否強化
不正打刻・カラ残業によって残業代を過大に支払っていた場合、会社は労働者に対し、払いすぎた分の返還を請求できます。
返還請求の法的根拠
過払い分は、法律上の原因なく利益を得たものとして不当利得の返還請求(民法703条・704条)ができます。故意の不正であれば不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)も可能です。まずは社員に返還を求めて通知し、合意に至るよう話し合いを進めます。応じない場合は法的手続を検討します。
賃金からの一方的な相殺は原則できない
過払い分があっても、会社が一方的に今後の給与から天引き(相殺)することは、労基法24条の全額払の原則により原則できません。返還は、本人の自由な意思に基づく同意を得るか、別途請求・合意によって行う必要があります(例外的に、時期・方法・金額が合理的な範囲の調整的相殺が認められる場合があります)。
7改ざん・不正打刻を予防するには
不正を防ぐことは、健全な職場環境を守り、後の紛争リスクを下げるうえで重要です。
就業規則・服務規律で「不正打刻は懲戒対象」と明記・周知する
就業規則に、始業・終業時にタイムカードを自ら打刻するという服務規律と、不正打刻・虚偽報告が懲戒事由となることを明記し、社員に周知します。前記・八戸鋼業事件のとおり、「不正打刻は厳罰に処す」旨を事前に周知徹底しておくことが、いざというときの処分の有効性を支えます。
厚労省ガイドラインに沿った適正な労働時間管理
使用者には労働時間の適正把握義務があり、厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)は、タイムカード・ICカード・PCの使用記録等の客観的な記録を基礎とすることを求めています。日頃から適正に管理しておくことが、いい加減な打刻の黙認による処分困難を防ぎます。
勤怠管理システムの導入で改ざんの余地を無くす
指紋認証・顔認証、GPS機能を使った勤怠管理など、本人以外が打刻しにくい仕組みを導入することで、代理打刻のような改ざんを抑止できます。
8企業側が改ざんした場合のペナルティ
改ざん・不正打刻は労働者側だけでなく、企業側が行うこともあります。残業代の負担を軽くする目的で会社が労働時間を短く改ざんした場合、以下のペナルティの対象になり得ます。
労働基準法違反
企業が労働時間を改ざんし、本来支払うべき残業代を支払っていない状態は、労働基準法違反となります。残業代不払いは、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金の対象となるおそれがあります。
安全配慮義務違反
社員のタイムカードを改ざんして長時間労働を強いている場合、労働契約法5条の安全配慮義務違反となるおそれがあり、労働者から損害賠償を請求される可能性があります。上司が部下の長時間労働を隠蔽したり、正確な把握を怠った場合には、その上司に対する懲戒処分も考えられます。

