企業の経営戦略において、特別支配株主による株式の売渡請求は非常に重要です。かつては、全部取得条項付株式を用いてキャッシュアウトが行われていましたが、株主総会の決議を経る必要があったため、手続きが非常に煩雑でした。しかし、会社法の改正により、多くの株式を持つ株主であれば、株主総会の決議を経ずに直接少数株を取得することができるようになりました。
本記事では、特別支配株主の定義から、株式等売渡請求の手続き、そしてこの制度がもたらすメリットについて詳しく解説します。
「特別支配株主」とは?
特別支配株主による株式等売渡請求は、他の少数株主が保有する株式等を強制的に買い取ることができる制度で、2014年(平成26年)の会社法改正によって導入されました。
以下の項目では、この特別支配株主の具体的な定義や、制度が設けられた背景について詳しく解説します。
特別支配株主とは
特別支配株主は、会社法第179条第1項により、「株式会社の総株主の議決権の10分の9(90%)以上を有する株主」と明確に定義されています。
特別支配株主は、個人だけでなく、その会社を除く法人も含みます。また、親会社が子会社(特定完全子法人)と合算して対象会社の議決権の9割以上を保有する場合も、その親会社は特別支配株主とみなされます。ただし、子会社であっても、親会社が子会社の全ての株式を保有していなければ、特別支配株主に該当しません。
会社法第179条【株式等売渡請求】
① 株式会社の特別支配株主(株式会社の総株主の議決権の十分の九(これを上回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)以上を当該株式会社以外の者及び当該者が発行済株式の全部を有する株式会社その他これに準ずるものとして法務省令で定める法人(以下この条及び次条第1項において「特別支配株主完全子法人」という。)が有している場合における当該者をいう。以下同じ。)は、当該株式会社の株主(当該株式会社及び当該特別支配株主を除く。)の全員に対し、その有する当該株式会社の株式の全部を当該特別支配株主に売り渡すことを請求することができる。ただし、特別支配株主完全子法人に対しては、その請求をしないことができる。
制度が導入された背景と目的
特別支配株主による株式等売渡請求制度は、2014年(平成26年)の会社法改正によって新たに導入され、2015年(平成27年)5月から施行されました。
この制度が設けられた背景には、M&A(企業の買収・合併)をはじめとする組織再編を、より迅速かつ円滑に進めるという明確な目的がありました。
制度導入以前は、少数株主を締め出す「スクイーズアウト」の手法として、株主総会の特別決議が必要な株式併合、株式交換、全部取得条項付種類株式の活用が一般的でした。しかし、これらの手続きは時間とコストがかかる上に、少数株主との交渉や調整が複雑になるという課題を抱えていました。
そこで、会社法の改正により、総株主の議決権の10分の9(90%)以上を保有する特別支配株主が存在する場合、より簡易かつ機動的な手続きでキャッシュアウトを実現できるようになりましま。
これにより、経営の機動性を高め、事業承継やM&Aにおける課題解決に貢献することが期待されています。

特別支配株主による「株式等売渡請求」の仕組み
本制度の最大の特長は、少数株主の個別の同意なしに株式などを強制的に取得できる点にあります。以下の項目では、なぜすべての株式を取得する必要があるのか、また、株式以外の取得対象となる権利についても解説します。
少数株主を締め出す「スクイーズアウト」の手法
スクイーズアウトとは、少数株主から強制的に株式を取得する法的手法です。少数株主の存在が重要な意思決定を停滞させるリスクを回避するため、会社法で認められている制度の一つです。
特別支配株主による「株式等売渡請求」は、このスクイーズアウトを実現するための手法の一つとして、2014年の会社法改正で導入されました。この制度の最大の特徴は、株主総会の決議を必要とせず、対象会社の取締役会の承認のみで手続きを進められる点です。
他のスクイーズアウト手法としては、株式併合や全部取得条項付種類株式の活用がありますが、これらはいずれも株主総会の特別決議を要します。そのため、特別支配株主による株式等売渡請求は、特別支配株主の意思のみで、他の手法に比べて格段に迅速かつ簡便に、対象会社を完全子会社化できる有力な選択肢として活用されています。
株式等売渡請求の目的とは?
特別支配株主が全ての株式を取得し、完全子会社化を目指すことには、企業の経営戦略上、いくつかの重要な目的があります。
まずは、経営の安定化と経営判断の迅速化にあります。少数株主の意向に左右されることなく事業戦略を実行できるようになります。
また、少数株主の管理コストの削減も目的の一つといえます。株主総会の運営、株主名簿管理、配当金支払いといった株主対応にかかる管理コストを削減することができます。
株式だけでなく新株予約権も取得の対象に
特別支配株主による「株式等売渡請求」は、株式だけでなく新株予約権も取得の対象となることを指します。
会社法第179条第2項には、特別支配株主が株式の売渡請求を行う際、併せて新株予約権者に対し、その有する新株予約権の全部を売り渡すよう請求できると規定されています。
新株予約権も対象となっている理由は、売渡請求によって他の株主がいなくなった後に、新株予約権を行使されると、事後的に自身以外の株主が存在することになってしまい、売渡請求の目的を達成できなくなってしまうからです。
【5ステップで解説】株式等売渡請求の具体的な手続きと流れ
「株式等売渡請求」は、会社法に定められた手続きを経て行われます。以下では、株式等売渡請求の流れを「5つの具体的なステップ」に分けて詳しく解説していきます。
ステップ1:特別支配株主から対象会社への売渡請求の通知
株式等売渡請求は、特別支配株主が、売渡株式の対価とその算定方法、資金の確保方法、取引条件等の会社法等で定められた事項を決定した上で、株主等売渡請求をすること及び上記事項を対象会社に対して通知することで開始します(会社法179条の2、会社法規則33条の5)。
| ①特別支配株主完全子法人に対して株式売渡請求をしないこととするときは、その旨および当該特別支配株主完全子法人の名称 ②売渡株主に対して売渡株式の対価として交付する金銭(株式売渡対価)の額またはその算定方法 ③売渡株主に対する上記②の金銭の割当てに関する事項 ④株式売渡請求にあわせて新株予約権売渡請求(新株予約権付社債に付された社債の売渡請求を含む)をするときは,その旨および次に掲げる事項 ⑴特別支配株主完全子法人に対して新株予約権売渡請求をしないこととするときは,その旨および当該特別支配株主完全子法人の名称 ⑵売渡新株予約権者に対して売渡新株予約権(新株予約権付社債に付された社債を含む)の対価として交付する金銭(新株予約権売渡対価)の額またはその算定方法 ⑶売渡新株予約権者に対する上記⑵の金銭の割当てに関する事項 ⑤特別支配株主が売渡株式等を取得する日 ⑥株式売渡対価および新株予約権売渡対価の支払のための資金を確保する方法 ⑦上記①から⑤までに掲げる事項のほか、株式等売渡請求にかかる取引条件を定めるときは,その取引条件 |
対象会社がこの通知を受け取ると、次のステップである「対象会社の取締役会による承認決議」へと移行します。
ステップ2:対象会社の取締役会による承認決議
特別支配株主から株式等売渡請求の通知を受けた対象会社は、会社法第179条の3に基づき、その請求を承認するか否かを決定するため、取締役会を開催する必要があります。株式売渡請求に加えて新株予約権売渡請求をしている場合には、新株予約権のみを承認することはできません。
対象会社による承認は取締役会決議によらなければなりません。取締役会非設置会社であれば、取締役の過半数の承認を得る必要があります。取締役は、売渡請求の承認をするにあたって、売渡株主等の利益に配慮し、取引条件が適正であるかを慎重に検討しなければならず、特別支配株主の提示する金額や取引条件を無条件に承認することはできません。
- 前提要件を満たしているか
- 対価の相当性
- 対価の支払見込み
- 取引条件の妥当性
- 対象会社の利益に反しないか
もし不当な内容を承認し、少数株主に損害を与えた場合、取締役は善管注意義務により、損害賠償責任を負う可能性があります。
ステップ3:少数株主への通知または公告
対象会社は、株式等売渡請求を承認したときは、取得日の20日前までに、売渡株主および売渡新株予約権者に対して、以下の事項を通知しなければなりません。
❶株式等売渡請求の承認をした旨
❷特別支配株主の氏名または名称および住所
❸ステップ1で定めた①から⑤までおよび⑦に掲げる事項
通知は原則として個別の株主に対して行われますが、公開会社の場合など、会社法第179条の4第2項の規定により、公告をもって個別の通知に代えることが可能です。
対象会社が通知又は公告をしたときは、売渡株主等に対して株式等売渡請求が行われたものとみなされます。
ステップ4:株式取得日に株式が強制的に移転
特別支配株主は、取得日に売渡株式等の全てを取得することになります。売渡株式等に譲渡制限があったとしても、譲渡承認があったものとみなされ、譲渡承認を得る必要はありません。また、株券発行会社であっても、株券の交付を受ける必要はなく、取得日に株券は無効になります。さらに、株主名簿等の名義書換えも特定支配株主が単独で請求することができます。
なお、特別支配株主は、取得日の前日までに対象会社の取締役会決議による承認を得た場合に限り、売渡請求を撤回することができます。
ステップ5:手続き前後の情報開示(事前開示・事後開示)
株式等売渡請求の手続きでは、少数株主の権利保護を目的とする重要な制度として、会社法に基づき「事前開示」と「事後開示」の二つの情報開示が義務付けられています。
まず「事前開示」では、対象会社は、少数株主への通知または公告の日から、株式取得日後6ヶ月間(非公開会社は1年間)にわたって、特別支配株主の氏名や株式売渡対価・算定方法など、法務省令で定められた事項を記載した書面を本店に備え置かなければなりません。
次に「事後開示」では、株式取得日以降、対象会社は遅滞なく、実際に特別支配株主が取得した株式の数など、手続きの結果を記載した書面を作成し、取得日から6ヶ月間(公開会社でない場合は1年間)本店に備え置かなければなりません。
少数株主の権利は?売渡請求に対する4つの対抗策
特別支配株主による株式等売渡請求において、少数株主の権利が不当に侵害されないよう、会社法では複数の対抗策が設けられています。
- 価格決定の申立て(会社法第179条の8)
- 株式取得の差止請求(会社法第179条の7)
- 無効確認の訴え
- 取締役の責任追及
対抗策1:「価格決定の申立て」
売渡株主等は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間、裁判所に対して、売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができます。この期間を過ぎると価格に異議を唱える権利を失う点に注意が必要です。
裁判所が公正な価格を判断する際には、企業の将来のフリーキャッシュフローを現在価値に引き直すDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)をベースに、純資産価値を評価する時価純資産法、類似会社の株価を参考に評価するマーケット・アプローチなど、複数の評価手法が適用され、客観的な企業価値が算定されます。
対抗策2:「株式取得の差止請求」
売渡株主は特別支配株主に対し、以下の場合には、株式等売渡請求による売渡株式等の取得を差し止めることができます。
- 株式売渡請求が法令に違反する場合
- 対象会社が売渡株主に対する通知または事前開示手続に違反した場合
- 株式売渡対価の額またはその算定方法およびその割当てに関する事項が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合
例えば、特別支配株主が対象会社の議決権の90%以上を有していない場合には、法令に違反するとして差止事由に該当するものと解されます。
対抗策3:無効の訴え
売渡株主等は、株式等売渡請求にかかる売渡株式等の取得の無効の訴えを提起することができます。
この無効の訴えは、対象会社が公開会社であれば取得日から6か月以内、非公開会社であれば取得日から1年以内に限り提起することができます。
無効原因については、会社法等に規定されていませんが、以下の事由が無効原因に該当するものと考えられています。
- 特別支配株主が対象会社の総株主の議決権の90%以上を有していなかったこと
- 売買価格の著しい不当
- 対象会社の取締役会の承認を得ていない、瑕疵がある場合
- 差止仮処分命令への違反
対抗策4:取締役に対する損害賠償請求
少数株主は、特別支配株主による株式等売渡請求を承認した対象会社の取締役に対し、会社法第429条1項または不法行為に基づき損害賠償責任を追及できる可能性があります。
特に、特別支配株主の利益だけを不当に優先し、少数株主の利益を著しく損なうような売買価格で株式等売渡請求を承認した場合や不十分な情報提供を行った場合には、取締役の善管注意義務違反が問題となる可能性があります。また、支払いの確実性が十分でないにも関わらず承認決議がされたことで、売渡株主が損害を被った場合にも同様です。
まとめ:特別支配株主制度を正しく理解し、来るべき事態に備えよう
本記事では、会社法で定められた「特別支配株主の株式等売渡請求」について、その定義、具体的な手続き、そして少数株主が取り得る対抗策を解説しました。
この制度は、経営者にとって大きなメリットをもたらします。例えば、株主総会の決議を不要とすることで、最短20日程度で完全子会社化が可能となり、M&Aや事業再編における意思決定の迅速化と経営効率の向上に大きく貢献します。しかしその一方で、少数株主にとっては、自身が保有する株式を強制的に売却させられるため、その権利に重大な影響を及ぼす制度でもあります。そこで少数株主には、法的に複数の対抗策が認められています。
ただ、特別支配株主の株式等売渡請求は、その手続きの複雑さや法的な判断が求められる場面が多いため、誤った対応は予期せぬトラブルやリスクにつながる可能性があります。制度の利用を検討されている場合は速やかに弁護士などの専門家へ相談することをおすすめします。専門家による適切なアドバイスを受けることで、法的リスクを最小限に抑え、公正かつ円滑な手続きを進められるでしょう。



