取締役の解任は、会社の経営において重要な経営決断です。しかし、役員の解任には、法的な制約や手続きが伴い、注意が必要です。
そこで本記事では、取締役を解任する際に正当な理由が必要かどうか、必要な場合、どのような理由が該当するのかを解説します。さらに、解任の手続きや、解任後に起こりうるリスクについても詳しく解説していきます。
取締役の解任を検討する上で、本記事が皆様の理由に基づいた意思決定の一助となれば幸いです。
取締役(役員)を解任する時の法律的な問題とリスクは?
取締役(役員)の解任は、原則として株主総会の決議があれば、いつでも可能です。
取締役の任期は原則2年とされており、任期満了すれば取締役は退任することになります。ただ、任期中であっても、会社は取締役を解任することができます。会社法第339条第1項にも、「役員・・・は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」と明記されています。これは、たとえ正当な理由がなくても解任そのものは法的に有効であることを意味します。
しかし、同条第2項では、「解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。」と定められています。つまり、解任は可能であっても、正当な理由がなければ、会社は解任された取締役に対し損害賠償責任を負う可能性があることを意味します。この損害賠償は、一般的に残りの任期期間分の役員報酬や、場合によっては退職慰労金などが含まれることがあります。
また、解任された取締役がその有効性を争い、法的手段に訴える可能性も考慮に入れる必要があります。具体的には、「株主総会決議不存在確認の訴え」や「株主総会決議取消しの訴え」が考えられます。加えて、役員間の対立や不当な解任に関する情報が社内外に広まれば、会社の評判や社会的信用が低下する可能性も否定できません。
取締役(役員)解任の手続きの流れ|株主総会での解任決議
取締役の解任は、原則として株主総会の決議によっていつでも可能です。具体的な解任手続きは、以下の流れで進行します。
| ステップ | 内容 |
| 1 | 取締役会招集 |
| 2 | 取締役会での(臨時)株主総会の招集決議 |
| 3 | 株主総会招集 |
| 4 | 株主総会での解任決議 |
| 5 | 取締役解任の登記 |
これらの各ステップを正確に進めることが、法的トラブルを避ける上で非常に重要です。
取締役会招集
取締役の解任には株主総会の決議が必要ですが、その株主総会の招集を決定するために、まず取締役会を招集しなければなりません。取締役会の招集権者は、原則として各取締役です(会社法第366条1項)。
招集通知は、原則として取締役会開催日の1週間前までに、すべての取締役および監査役(監査役設置会社の場合)へ発送する必要があります(会社法第368条1項)。この通知期間は、定款によって短縮することも可能です。
また、取締役全員の同意がある場合は、招集手続きを省略して取締役会を開催することも可能です。この場合、招集通知の発送は不要です。
取締役会での株主総会の招集決議
取締役の解任には株主総会の決議が必要ですが、その開催を決定するには、まず取締役会で株主総会の招集決議を行う必要があります。
解任は緊急を要するケースが多いため、定時株主総会ではなく、臨時株主総会として招集されるのが一般的です。
この招集決議では、開催する株主総会の具体的な事項を決定します。例えば、会社法第298条に定める招集事項として、以下の内容を明確に定める必要があります。
- 株主総会の開催日時
- 株主総会の開催場所
- 「取締役〇〇解任の件」といった議題
取締役会での決議は、原則として、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その出席取締役の過半数の賛成をもって成立します(会社法第369条1項)。なお、解任対象となっている取締役は「決議について特別の利害関係を有する取締役」(会社法369条2項)にあたるため、議決権を行使することができませんし、定足数からも外れることになると解されています(東京地裁平成29年9月26日)。
この決議内容は、取締役会議事録として正確に記録し、適切に保管することが重要です。
株主総会招集手続
取締役会で株主総会の招集が決議された後は、株主に対して招集通知を発送する手続きを行います。この招集通知は、株主総会の開催日時、場所、そして議題を株主に事前に知らせるための重要な書類です。
会社法では、招集通知の発送期限が定められています。原則として、株主総会開催日の2週間前までに発送が必要です。株主総会の日の2週間前までに発送するというのは、開催日と通知の発送日の間に2週間(中14日)を置かなければならないということです。非公開会社の場合は、原則として1週間前までの発送で足りるとされています。
招集通知には、株主総会の開催日時、開催場所、そして目的事項(議題)を具体的に記載しなければなりません。特に、今回の議題が「取締役の解任」という極めて重要な事項である場合、その旨を議題として明確に記載することが求められます。
株主総会での解任決議
株主総会における取締役の解任決議は、普通決議によって行われます。普通決議が成立するためには、以下の要件を満たす必要があります(会社法第309条第1項)。
- 議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席すること。
- 出席した株主の議決権の過半数の賛成があること。
ただ、累積投票により選任された取締役を解任する場合には、普通決議ではなく、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の多数をもって決議する必要があります。
取締役の解任の効力は、解任決議時、あるいは、遅くとも解任取締役に対する解任の告知をした時に生じると考えられています。
取締役解任の登記
株主総会で取締役の解任が決議された場合は、役員変更の登記申請を法務局で行う必要があります。この登記申請は、解任の効力が発生した日から2週間以内に、会社の本店所在地を管轄する法務局へ提出することが義務付けられています。

解任の正当な理由とは何か?
取締役の解任における「正当な理由」がない場合には、解任取締役は会社に対して損害賠償請求することができます。
正当理由とは、「会社において取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむ得ない客観的合理的な事情が存在する場合」
とされています。
以下では、正当な理由とされるケースとこれに該当しないケースを紹介します。
健康状態の悪化により解任させられたケース
持病があること自体が、直ちに解任の「正当な理由」となるわけではありません。しかし、持病の悪化によって取締役としての職務を客観的に遂行することが困難と判断される場合、解任の「正当な理由」と認められる可能性が高まります。
- 長期入院により取締役会へ継続的に出席できない
- 意思決定能力が著しく低下し、重要な経営判断を下すことが困難である
過去の裁判例では、持病の悪化により療養に専念するために代表取締役の地位を譲ったケースや、脳血栓による長期入院と会話能力・筆記能力の著しい低下が認められたケースで、解任に「正当な理由」が認められています。
会社側は、医師の診断書や業務への支障を示す客観的な記録などに基づき、取締役の職務遂行能力を慎重に判断する必要があるでしょう。
| 最高裁昭和57年1月21日 ⑴Y会社の代表取締役であったXは、昭和52年9月ころ持病が悪化したので、Y会社の業務から退き療養に専念するため、その有していたY会社の株式全部をY会社の取締役Aに譲渡し、Aと代表取締役の地位を交替した。 ⑵そしてAは、経営陣の一新を図るため、同年10月31日開催の臨時株主総会を招集し、右株主総会の決議により、Xを取締役から解任した、というのであり、Y会社によるXの取締役の解任につき正当な事由がないとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。 |
| 広島地裁平成6年11月29日 脳血栓で2か月もの入院加療を要する状態になり、退院後も長期的な通院治療を必要とし、会話能力や筆記能力が相当程度低下しており、職務の遂行に対する意欲も失われ、さらに多額の株式の信用取引や投機性の高い取引を独断で行い、結果的に多額の損失を会社に与えた取締役の解任について正当な理由が認められた。 |
法令違反行為により解任させられたケース
取締役に法令定款違反行為があった場合には解任の正当理由が認められます。
法令違反行為は、取締役の解任における「正当な理由」として認められる代表的な事例です。具体的には、取締役による横領や背任などの犯罪行為、また会社法で定められている競業避止義務や利益相反取引規制への違反行為などが該当します。
これらの行為は、会社と取締役との間に存在する委任関係の基礎となる信頼を根本的に破壊します。このような状況では、取締役としての職務遂行を会社に委ね続けることは困難となるため、解任の正当性が認められやすくなります。
職務への不適任・経営能力の欠如
職務への著しい不適任や経営能力の著しい欠如も、役員解任の正当な理由になります。
しかし、経営能力の欠如などを主観的に判断することは危険です。あくまでも客観的な証拠に基づいて、経営能力の欠如が顕著であることを証明できる必要があります。ただ、客観的な証拠により経営能力の欠如が顕著であることを証明することは簡単ではありません。
監査役の事案ですが、税理士として会社のために行った税務処理に明らかな過誤があり、会社に損失を与えた事案では、監査役として著しく不適任であるとして正当な理由を肯定しました(東京高裁昭和58年4月28日)。また、人事に対する不満を契機に週刊誌の記者に会社の情報をリークしたという事案では解任の正当理由が認められました(東京地裁平成18年8月30日)。
経営判断の失敗
取締役の経営判断のミスが解任の正当理由となるかは見解が分かれています。
取締役は、その経営判断に対して事後的に責任を問われないのが原則です。これを経営判断の原則といいます。ただし、経営判断の原則にも例外があり、経営判断が著しく合理性を欠いている場合等には、取締役はその経営判断について善管注意義務違反を問われることになります。
そのため、取締役の経営判断により会社が損害を被り、善管注意義務に違反する場合には、解任の正当理由になるものと考えます。
他方で、経営判断に誤りがあっても、善管注意義務に違反するとまでいえない場合については、経営能力の欠如を基礎付けるじじょうにはなり得たとしても、それだけで解任の正当理由にはなりにくいものと考えます。
主観的な信頼関係の喪失
解任の正当理由が認められるためには、取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむ得ない事情が客観的に認められることが必要です。そのため、単に主観的に信頼関係が破壊されたという理由だけでは、解任の正当な理由には該当しません。
例えば、会社を乗っ取ろうと曲解されて解任された場合、代表者との折り合いが悪くなったことで解任された場合、大株主に相談することなく新株発行を実施するなどして大株主の信頼を失ったことを理由に解任した場合などでは、解任の正当理由が否定されています。
解任後に新たに明らかになった事情は正当理由となるか?
解任した時点で会社が把握していなかった事情が解任後に新たに明らかになった場合、そのような新たな事情を正当理由として主張できるかが問題となります。
この点については、見解が分かれているところ、最近の裁判例では解任時に認識していない事情も解任の正当理由を基礎付ける事情になることが認められています。
| 【否定例】東京地裁平成22年1月26日 本件解任の時点では認識されていなかった事実は解任の正当性を基礎付ける事情とならないというべきである。 |
| 【肯定例】東京地裁平成25年11月26日 取締役の解任の理由は、会社が解任の際に理由としたものに限定されず、また,会社が当該解任の時点で把握していた事実に限定されず、客観的に存在すれば足りるというべきである。 |
| 【肯定例】東京地裁平成27年7月14日 正当な理由について、当時の会社が認識していた事由や解任決議時に挙げられた事由に限定されると解すべき法令上の根拠はないとしている。 |
正当な理由がない場合の損害額
解任に正当な理由がない場合、会社は解任取締役に対して、損害賠償責任を負います。その損害の範囲は、取締役を解任されなければ残存任期期間中と任期満了時に得べかりし利益(所得)の喪失に
よる損害とされています。この損害には残存の任期期間の役員報酬が含まれます。その他に、退職慰労金や賞与まで負担する必要があるのかが問題となります。
退職慰労金
役員の退職慰労金は、株主総会決議があって初めて支給されるものです。そのため、解任される場合には、退職慰労金の総会決議が行われることはないでしょうから、当然に退職慰労金が損害に含まれるものではありません。ただし、退職慰労金が支払われる可能性が高かった場合には、損害として認められます。具体的には、会社において退職慰労金規程や過去の支給慣行があり、これらによる一定の基準による退職金が支払われることになっている場合には、退職慰労金が損害として認められることがあります。
賞与
残存期間中に得られたであろう賞与についても、賞与の支給は確実なものではないから、当然に解任による損害には含まれません。
ただ、解任されなければ賞与が支払われていた可能性が高い場合には、例外的に賞与も損害に含まれる余地があります。例えば、毎年一定額の賞与が株主総会決議で支給されているような限定的なケースでは賞与相当額の損害賠償請求は認められる可能性があります。
慰謝料や弁護士費用
解任によって精神的苦痛を受けた場合や損害賠償請求のために弁護士費用を負担した場合であっても、これらは「解任によって生じた損害」に含まれないと考えられています。
従業員兼務取締役の場合
取締役が従業員(使用人)としての立場を兼務している場合、株主総会で取締役の地位を解任したとしても、当然に従業員も無くなるわけではありません。従業員としての雇用契約は、株主総会の決議で解消することはできないからです。
そのため、解任取締役との雇用契約も解消する場合には、解雇処分まで行う必要があります。ただ、解雇は会社が一方的に従業員として地位を奪う重い処分ですので、解雇が認められためには、解雇するための合理的な理由が客観的に認められ、解雇するこもが社会通念上で重すぎないことが必要です。そのため、十分な理由がないのに、取締役の解任に加えて解雇処分まで強行すると、解任による損害賠償に加えて不当解雇に伴う経済的な負担まで負うことになります。
取締役の解任の問題は難波みなみ法律事務所へ
会社は取締役をいつでも解任することができます。ただ、取締役の解任には、株主総会の決議を経る必要があるため、会社法で必要となる手続きを経なければ、取締役の解任の効力が生じないおそれがあります。また、取締役の解任に正当な理由がなければ、解任取締役から損害賠償請求を受けたり、社内外の会社の評価が低下するなどのレピュテーションリスクもあります。
取締役の解任の問題でお悩みがありましたら、当事務所までご相談ください。


