2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が全事業主の義務になります。改正労働施策総合推進法にもとづくもので、厚生労働省は2026年2月26日、事業主が講ずべき措置を定めた指針(令和8年厚生労働省告示第51号)を公布しました。
注意すべきは、パワハラ防止法のときにあった中小企業の猶予期間が、今回は設けられていない点です。労働者を1人でも雇っていれば、規模にかかわらず施行日から義務がかかります。「うちは客商売ではないから関係ない」と考えている会社ほど、取引先からの理不尽な要求という形でカスハラを抱えていることが少なくありません。本記事では、企業が施行日までに何をすべきかを、指針の10項目・就業規則の規定例・社内体制の作り方まで含めて、企業側の弁護士が解説します。
2026年10月1日から、すべての事業主が10項目の措置を講じなければなりません。具体的には、方針の明確化と周知、相談窓口の設置、発生時の事実確認と被害者への配慮、悪質事案への対処体制の整備などです。努力義務ではなく法的な措置義務で、履行しなければ助言・指導・勧告に加えて企業名の公表もありえます。準備には就業規則の改定と研修が必要なため、逆算すると着手の期限はすでに迫っています。
この記事のポイント
- カスハラ対策は2026年10月1日から全事業主の義務。中小企業の猶予期間はない
- 定義は①顧客等の言動 ②社会通念上許容される範囲を超える ③就業環境が害されるの3要素をすべて満たすもの
- 判断は「平均的な労働者の感じ方」が基準。強い苦痛を与える態様なら1回でも該当し得る
- 電話やSNS上の言動も対象。取引先も「顧客等」に含まれるため、BtoB企業も無関係ではない
- 講ずべき措置は指針で10項目。うち悪質事案への対処体制の整備は他のハラスメントにはない独自の項目
- 義務違反には報告徴求・助言・指導・勧告と、企業名の公表がありうる
- 派遣労働者については派遣先も措置義務を負う(労働者派遣法47条の4)
- 法改正は会社に新しい権限を与えるものではない(厚労省Q&A)。出入禁止等の可否は別の法的根拠で判断する
- 実務上より重いのは安全配慮義務違反による損害賠償のリスク
これまで、カスハラへの対応は法律上の義務ではありませんでした。2020年6月施行の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の指針で、顧客等からの著しい迷惑行為について相談体制の整備等を行うことが「望ましい」とされ、2022年2月には厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表しましたが、いずれも任意の取組みを促すものにとどまっていました。
これを変えたのが、2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法です。カスハラ対策が事業主の雇用管理上の措置義務と位置づけられ、2026年2月26日には具体的な措置内容を定めた指針が告示されました。施行日は2026年10月1日です。
今回の改正で押さえるべき3点
- 対象はすべての事業主:労働者を1人でも雇用していれば規模を問わず対象。パワハラ防止法のような中小企業の経過措置はない
- 「望ましい」から「講じなければならない」へ:努力義務ではなく措置義務。履行しなければ行政指導の対象になる
- 就活セクハラ対策も同時に義務化:改正男女雇用機会均等法により、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も義務となる
カスハラ対策の義務は、顧客を選別したり、正当な苦情を排除したりする権限を会社に与えるものではありません。指針も、措置を講じる際には消費者の権利や、障害者差別解消法における不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意すべきことを明示しています。カスハラ対策に名を借りた差別的な取扱いは許されません。正当なクレームとカスハラの線引きこそが、実務の中心的な課題です。
義務化の背景にあるのは、現場の深刻な実態です。UAゼンセンが2024年1月から3月にかけて実施した第3回調査(210組合・33,133件の回答)から、押さえておくべき数字を挙げます。
| 調査項目 | 結果(2024年) |
|---|---|
| 直近2年以内に迷惑行為の被害にあった | 46.8%(2020年は56.7%) |
| 勤務先で実施されている対策 | 「特に対策はなされていない」42.2%/マニュアルの整備28.6%/専門部署の設置23.4%/教育21.0%/被害者へのケア9.2% |
| 最も印象に残った迷惑行為 | 暴言39.8%/威嚇・脅迫14.7%/繰り返しのクレーム13.8%/長時間拘束11.1%/権威的(説教)態度10.2% |
| 迷惑行為の形態 | 対面78.4%/電話18.8%/メール1.1%/SNS0.6% |
| 行為者の属性 | 男性70.6%/推定年齢は60歳代以上が48.5%、40〜50歳代が42.8%(30歳代以下は8.7%) |
| きっかけ | 顧客の不満のはけ口・嫌がらせ26.7%/接客やサービス提供のミス19.3%/わからない17.3%/消費者の勘違い15.1% |
| 体験後の心身の変化 | 嫌な思いや不快感が続いた50.5%/腹立たしい思いが続いた15.1%/心療内科などに行った0.8%(123件) |
とくに重く受け止めるべきは「特に対策はなされていない」が42.2%という点です。義務化まで残された時間は長くありません。
また、同調査では精神健康の指標であるK6スコアを用いた分析も行われており、直近2年以内にカスハラ被害を受けた従業員のスコアは7.75、被害のない従業員は5.41で、統計的に有意な差が確認されています。カスハラが労働者の心身に実際に悪影響を及ぼすことが数値で裏づけられたという点で、後述する安全配慮義務の議論に直結する結果です。なお、顧客等からの著しい迷惑行為が労災認定基準に加えられていることを「知らなかった」と答えた人は71.2%にのぼります。
※ 出典:UAゼンセン「カスタマーハラスメント対策アンケート調査結果」(2024年)。調査対象はサービス業に従事するUAゼンセン所属組合員。
指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを次の3要素をすべて満たすものと定義しています。ひとつでも欠ければカスハラには当たりません。
カスハラの3要素
- 顧客等の言動であること
- その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- 労働者の就業環境が害されるものであること
あわせて指針は、顧客等からの苦情のすべてがカスハラに該当するわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは「正当な申入れ」であってカスハラには当たらないと明記しています。
とくに注意していただきたいのは、障害者から、障害者差別解消法で禁止されている不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体は、カスハラには当たらないと指針が明記している点です。むしろ会社は、負担が過重でないときは合理的配慮を提供しなければなりません。カスハラ対策を理由に、こうした申出を門前払いする運用は誤りです。
要素①「顧客等」の範囲は、思っているより広い
指針は「顧客等」として、顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含む)、取引の相手方(今後取引する可能性のある者も含む)、施設の利用者(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等)その他その事業に関係を有する者を挙げ、具体例として次の者を列挙しています。
指針が挙げる「顧客等」の具体例
- 事業主が販売する商品の購入やサービスの利用をする者
- 事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者
- 取引先の担当者
- 企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者
- 施設・サービスの利用者及びその家族
- 施設の近隣住民
取引先の担当者も、契約交渉中の相手方も、施設の近隣住民も、指針が名指しで「顧客等」に含めています。一般消費者を相手にしないBtoB企業であっても対象外にはなりません。また、対面での言動に限られず、電話やSNS等のインターネット上で行われるものも含まれます。
「職場」と「労働者」の範囲も要確認
「職場」とは労働者が業務を遂行する場所を指し、通常就業している場所以外でも業務を遂行する場所であれば含まれます。指針は例として取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅を挙げています。訪問営業や出張先での出来事も射程に入るということです。
「労働者」は正規雇用に限りません。パートタイム労働者、契約社員等の非正規雇用労働者を含む、雇用するすべての労働者が対象です。
【見落とし注意】派遣労働者は派遣先も義務を負う
派遣労働者については、労働者派遣法47条の4により、派遣元だけでなく、その指揮命令の下に労働させる派遣先も、雇用する事業主とみなされます。派遣先は、自社が雇用する労働者と同様に派遣労働者についても措置を講じる必要があります。また、派遣労働者がカスハラの相談をしたこと等を理由に、派遣先が労働者派遣の役務の提供を拒むことも、不利益な取扱いとして禁止されます。
要素②「社会通念上許容される範囲を超えた」の判断
指針はこれを、言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、または手段や態様が相当でないものと定義しています。判断にあたっては次の要素を総合的に考慮するとされます。
当該言動の目的/当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む、言動が行われた経緯や状況/業種・業態/業務の内容・性質/言動の態様・頻度・継続性/労働者の属性や心身の状況/行為者との関係性など。
典型例として、指針は次のように整理しています。
内言動の内容が範囲を超えるもの
- そもそも要求に理由がない、または商品・サービス等と全く関係のない要求(性的な要求、プライバシーに関わる要求など)
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難な、または対応が不可能な要求(契約金額の著しい減額の要求など)
- 不当な損害賠償要求
態手段や態様が範囲を超えるもの
- 身体的な攻撃(暴行、物を投げつける、わざとぶつかる、つばを吐きかける)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要、盗撮や無断での撮影、性的指向・ジェンダーアイデンティティの暴露や開示の強要)
- 威圧的な言動(大声で威圧する、反社会的な言動)
- 継続的、執拗な言動(同じ質問の繰り返し、揚げ足取り、執拗な責め立て、同様のメールの反復送付)
- 拘束的な言動(長時間の居座り、長時間電話で拘束する)
この2つは総合的に判断されますが、「言動の内容」「手段や態様」の一方のみが範囲を超える場合でも該当し得ると指針は明示しています。要求内容そのものが正当でも、伝え方が過剰であればカスハラに当たり得るということです。要求の当否と、手段の当否は分けて評価するのが実務の勘所です。
※ 上記の例は限定列挙ではありません。指針も、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合があり得ることに十分留意し、広く相談に対応するなど適切な対応を行うよう求めています。
もうひとつ、経営者に持っておいていただきたい視点があります。指針は、社会通念上許容される範囲を超えるかどうかの判断にあたって、事業主または労働者の側の不適切な対応が、その言動の原因や背景となっている場合もあることにも留意する必要があると明記しています。実際、前掲のUAゼンセン調査でも、きっかけの19.3%は「接客やサービス提供のミス」でした。すべてを顧客の理不尽さに帰結させる運用は、かえって事実確認を誤らせます。
要素③「就業環境が害される」の判断基準
ここが実務上いちばん重要でありながら、見落とされやすい部分です。指針は「就業環境が害される」を、当該言動により労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、その労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることと定義しています。
そして、その判断は本人の主観ではなく「平均的な労働者の感じ方」、すなわち同様の状況でその言動を受けた場合に、社会一般の労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当とされています。
頻度・継続性についての重要な注意点
指針は、言動の頻度や継続性は考慮するとしつつ、強い身体的または精神的苦痛を与える態様の言動の場合は、1回の言動でも就業環境を害する場合があり得ると明記しています。「繰り返されていないから様子を見る」という判断は危険です。
正当なクレームとの関係
クレームのすべてが会社にとって不当なものではありません。サービスの向上や品質改善につながる正当なクレームと、理不尽な嫌がらせとしてのカスハラの間に、「不当なクレーム」という領域があると整理すると考えやすくなります。正当なクレームへの対応の目的は建設的な対話による問題解決であるのに対し、カスハラへの対応の目的は解決ではなく、労働者を守り、対応を打ち切ることにあります。目的が違う以上、対応の手順も分けて設計すべきです。
指針も、正当な申入れについては労働者が真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要であるとしています。カスハラ対策は、正当な苦情を軽んじる口実にはなりません。
指針の例示とは別に、厚生労働省が2022年2月に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、カスハラの具体例を9つの類型に整理しています。抽象的な定義だけでは現場が動けないため、自社の判断基準を作る際の出発点として有用です。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| ① 時間拘束型 | 要求が通るまで店内に居座る、長時間電話を切らないなど、長時間にわたり従業員を拘束する |
| ② リピート型 | 理不尽な要望について、繰り返し電話で問い合わせたり面会を求めたりする |
| ③ 暴言型 | 大声で怒鳴る、侮辱的発言、人格を否定する発言、名誉を毀損する発言 |
| ④ 暴力型 | 殴る・蹴る・叩く、物を投げつける、わざと体をぶつけるなど有形力の行使 |
| ⑤ 威嚇・脅迫型 | 脅迫的な発言、反社会的勢力とのつながりの示唆。「SNSにあげる」「口コミの評価を下げる」といった脅しも含む |
| ⑥ 権威型 | 正当な理由なく権威を振りかざして要求を通そうとする。執拗な特別扱いの要求、謝罪や土下座の強要 |
| ⑦ 店舗外拘束型 | クレームの詳細がわからない状態で、従業員を職場外の自宅や特定の場所に呼びつける |
| ⑧ SNS・インターネット上での誹謗中傷型 | 名誉を毀損する情報やプライバシーを侵害する情報をインターネット上に掲載する |
| ⑨ セクシュアルハラスメント型 | 身体に触る、待ち伏せ、つきまとい、食事やデートへの執拗な誘い、性的な発言 |
※ この9類型は2022年の企業マニュアルによる整理で、2026年の指針が定める「言動の内容」「手段や態様」の分類とは別系統です。法的な該当性の判断は指針の基準によりますが、現場の共通言語としては9類型のほうが使いやすい面があります。業種・業態・企業文化によって線引きは変わり得るため、自社で実際に起きた事例を蓄積し、類型ごとに「ここまでは対応する/ここからは打ち切る」という基準を具体化しておくことが、現場が迷わないための最短ルートです。
指針は、事業主が講じなければならない措置を5つの区分で定めており、厚生労働省のリーフレットはこれを10項目に整理しています。以下、リーフレットの番号に沿って見ていきます。パワハラ・セクハラの措置義務と重なる部分も多いですが、カスハラ特有の項目が含まれている点が重要です。
① 方針の明確化とその周知・啓発
- カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発する
- カスハラの内容とあらかじめ定めた対処の内容を、管理監督者を含む労働者に周知する
指針は、この方針を顧客等に対しても周知・啓発することが被害の防止に効果的だとし、トップメッセージとして社内に広く発信することも挙げています。
②でいう「あらかじめ定めた対処の内容」の例として、指針は次を挙げています(限定列挙ではありません)。
指針が挙げる「対処の内容」の例
- 労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐ
- 可能な限り労働者を一人で対応させない。必要に応じて管理監督者等が代わって対応する
- 顧客等とのやり取りを録音・録画する(個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱う)
- 十分な説明を行ってもなお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりする
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については警察へ通報する
- 現場対応が困難な場合は本社・本部等へ情報共有を行い、指示を仰ぐ
- 法的な手続が必要な場合には、法務部門等と連携し、弁護士へ相談する
実務で価値が大きいのは「録音・録画」と「一定の時間の経過をもって打ち切る」の2つです。現場が最も迷うのは「いつ切っていいのか」であり、指針がこれを対処の例として明示した意味は小さくありません。もっとも、何分で打ち切るかは自社で決めて周知しておかなければ現場は動けません。
② 相談体制の整備
- 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
- 相談窓口担当者が適切に対応できるようにする
他のハラスメントの相談窓口と一体的に設置することも認められています(その場合はカスハラも取り扱う窓口であることを明示しなければ「周知した」とは言えません)。もっとも厚労省のQ&Aは、カスハラについては他のハラスメントの相談窓口と一体的なものとする必要はなく、現場の状況に精通している上司等を相談担当者に定めることも考えられるとしています。また指針は、被害者が萎縮して相談を躊躇する例もあることを踏まえ、現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、カスハラに該当するか否か微妙な場合であっても広く相談に対応することを求めています。窓口の看板だけ掛けて担当者を育てていない状態は、④を満たしません。
③ 事後の迅速かつ適切な対応
- 事実関係を迅速かつ正確に確認する
- 被害者に対する配慮のための措置を行う
- 再発防止に向けた措置を講ずる
カスハラでは、行為者が社外にいるため、パワハラ・セクハラのように行為者へ懲戒処分を科すという手段が使えません。そのぶん、被害を受けた労働者へのケアと再発防止の仕組みづくりの比重が大きくなります。「受けないようにする」だけでなく「受けてしまった後にどう処理するか」を重点的に設計する必要があるのが、他のハラスメント対策との決定的な違いです。
指針は、被害者への配慮として担当者の変更、複数人での対応、被害者と行為者を引き離すための配置転換、産業保健スタッフ等によるメンタルヘルス不調への相談対応を挙げています。また、事実確認が困難な場合には都道府県労働局の調停その他中立な第三者機関に紛争処理を委ねることも例示されています。
※ 見落としやすい点として、指針はカスハラが生じた事実が確認できなかった場合においても、同様に再発防止の措置を講ずることを求めています。「事実が確認できなかったので終了」という処理は認められません。
④ カスハラの抑止のための措置【カスハラ特有】
- 労働者に対し過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め、管理監督者を含む労働者に周知し、当該方針において定めた対処を行うことができる体制を整備する
これが他のハラスメントの措置義務には存在しない、カスハラ独自の項目です。指針が挙げる対処の例は次のとおりです。
指針が挙げる「特に悪質なもの」への対処の例
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報する
- 行為者に対して警告文を発出する
- 法令の制限内において、行為者に対して商品の販売、サービスの提供等をしない
- 行為者に対して店舗及び施設等への出入りを禁止する
- 民事保全法に基づく仮処分命令を申し立てる
「法令の制限内において」という留保が付いている点に注意が必要です。各業法によりサービス提供義務が定められている場合や、サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合があるため、業種によって取り得る対処は異なります。医療・介護・インフラなどでは、単純に「提供しない」という選択が取れないことがあります。自社の業法を踏まえた方針設計が要ります。
⑤ そのほか併せて講ずべき措置
- 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する(性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報を含む)
- 相談したこと等を理由として解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
※ このほか、自社の労働者や役員が取引先等の他社の労働者に対してカスハラを行った場合、その取引先等の事業主から事実関係の確認等について必要な協力を求められたときは、これに応じるよう努めなければなりません(努力義務)。自社は被害者側であると同時に、加害者側にもなり得るという視点が要ります。営業部門への周知が抜けやすい点です。なお指針は、協力を求められたことを理由に相手方との契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないとし、事実が確認できた場合には就業規則等に基づき行為者に必要な懲戒その他の措置を講ずることが望ましいとしています。
指針が求める「相談体制」と「悪質事案への対処体制」を実際に動かすには、現場で完結させない構造をつくることが要点です。厚生労働省のマニュアルが示す内部手続の流れは、次の3層構造になっています。
カスハラ対応の内部手続
- 顧客等 ⇄ 従業員(顧客対応者):まず現場が一次対応する
- 従業員 → 現場監督者・相談窓口:報告・相談を上げ、指示・助言を受ける
- 現場監督者 → 本社・本部:さらに報告・相談を上げ、指示・助言を受ける。場合によりエリアマネージャーを経由
- 会社としての対応:本社の判断のもとで、顧客等への対応を行う
一次的な相談先は、従業員と日頃から物理的・心理的な距離が近い役職者(店長・支店長など)にしておくと機能しやすくなります。ただし、そこで止めてしまうと拠点ごとに対応がばらつき、本社に情報が届きません。一次窓口を決めるだけでなく、そこから先の内部手続を必ず設計してください。
本社の担当部署をどこに置くか
カスハラ対応は、実質的には裁判外の交渉という性質を持ちます。したがって本社側の担当は法務部門が適しています。あわせて、被害を受けた従業員のメンタルヘルスケアや配置転換の検討には人事労務部門が、悪質事案の法的判断には外部の弁護士が関わる必要があります。法務・人事労務・産業医・顧問弁護士が連携できる体制を、施行前に組んでおくことをおすすめします。
従業員へのケアを軽く見ない
カスハラは、第三者から見ればさほど重大ではないと思われる事案であっても、対応した従業員本人が深刻な精神的ダメージを受けることがあります。真面目で責任感が強い従業員ほど、クレームを深刻に受け止めてしまう傾向があります。メンタルヘルス不調の兆候がある場合は、産業医等の産業保健スタッフによる面談や医療機関への受診勧奨といった対応が必要です。
また、再発防止のために本人からヒアリングを行うことは重要ですが、被害を受けた直後の従業員は精神的に参っている可能性があるため、時間をおくなどの配慮が要ります。事実確認の迅速性と、本人への配慮のバランスをとってください。
研修で扱うべき内容
周知・啓発として実施すべき研修項目
- カスハラを未然に防ぐための対応
- カスハラに対する初期対応(一人で対応しない/「表に出ろ」といった不当な指示に安易に従わない)
- カスハラの基準と、正当なクレームとの違い
- 相談窓口の場所と使い方
- 上司・相談窓口担当者向けの研修(ケーススタディを含む、より具体的な対応方法)
- 自社の従業員が他社の従業員に対してカスハラを行うことの禁止
研修はロールプレイング形式が効果的です。従業員役と顧客役に分かれて実際の場面を想定した演習を行うことで、頭で理解するだけでは身につかない対処方法を習得できます。また、カスハラの形態は時代とともに変化するため、被害事例を蓄積・分析してマニュアルを定期的に改定し、研修を継続する必要があります。一度作って終わりにしないでください。
従来のハラスメントの措置義務では、方針の明確化と周知・啓発は就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に定めることで足りるとされてきました。カスハラでも同様で、どの措置を実施するにしても何らかの規定と周知は避けて通れません。
※ ただし厚労省のQ&Aは、自社の従業員が取引先等にカスハラを行った場合の懲戒について、信用失墜行為や服務規律違反に対する懲戒規定など既存の規定で対応できるのであれば、カスハラに係る規定を新たに設ける必要はないとしています。「独自条項を必ず新設しなければならない」わけではありません。既存規程で足りる部分と、新たに定める必要がある部分(相談等を理由とする不利益取扱いの禁止など)を切り分けて検討してください。以下は、規定を置く場合に落とさないための要素の一覧です。
ここで注意したいのは、他のハラスメント規定とは力点の置き方が違うという点です。パワハラ・セクハラの規定は「従業員はハラスメントをしてはならない」という禁止を中心に据えます。しかしカスハラの行為者は社外にいるため、禁止規定を置いても行為者には及びません。カスハラ規定では、「してはならない」よりも「受けた場合に従業員がとるべき行動」を優先して定めるのが実務的です。
カスハラ規定に盛り込むべき8つの要素
- 被害を受けた場合・その兆候を感じた場合の報告義務:直ちに上長に報告し、指示を仰ぐこと(=一人で抱えさせない)
- カスハラの定義:指針の3要素に沿って定める
- 「職場」の範囲:社内に限らず従業員が業務を遂行するすべての場所を含み、就業時間内に限らず実質的に職場の延長とみなされる時間を含むこと
- 上司による黙認の禁止:部下がカスハラを受けている事実を認識しながら放置してはならないこと
- 自社従業員による加害の禁止:取引先等の従業員に対してカスハラを行ってはならないこと
- 同僚の加害を知った場合の報告義務と、事実確認のうえでの懲戒処分の対象となる旨
- 相談窓口の所管部署を明記すること
- 相談者への不利益取扱いの禁止と、会社が対応方針を公表する旨
※ 上記のうち⑧の「対応方針の公表」は、本来は会社が雇用管理上の措置として行うことなので、従業員が守るべきルールである就業規則に必ず定めなければならないものではありません。それでも規定を置くのは、今回の対策の要である点を明示し、会社自身の法令遵守の意識を高めるという意味があります。
就業規則の変更には、労働者代表からの意見聴取・意見書の添付・労働基準監督署への届出・労働者への周知という手順が必要で、周知して初めて効力が生じます。意見書は同意書ではないため反対意見でも手続は進められますが、周知を欠くと効力が認められません。手順の詳細は就業規則の変更に必要な手順で解説しています。
10項目を並べると多く見えますが、実務上は「決める」「書く」「配る」「訓練する」の4段階に整理できます。就業規則の改定と研修には時間がかかるため、逆算が必要です。
| 段階 | やること | 成果物 |
|---|---|---|
| 1. 決める | カスハラの定義と線引き、対応フロー、悪質事案の発動基準と決裁権者、本社担当部署を決定 | 基本方針・判断基準 |
| 2. 書く | 就業規則・社内規程への規定追加、対応マニュアルの作成、相談窓口規程の整備 | 就業規則、マニュアル |
| 3. 配る | 労働者への周知(方針・対処内容・窓口・プライバシー保護・不利益取扱いの禁止) | 周知記録 |
| 4. 訓練する | 管理職研修、窓口担当者研修、現場でのロールプレイング | 研修記録 |
基本方針に盛り込む項目としては、方針を定める目的と理由/カスハラの定義/社内および社外に向けた具体的な対応/顧客に向けたメッセージが挙げられます。顧客向けのメッセージを掲げることは、それ自体が抑止として働きます。
見落とされやすいのが「周知した記録を残す」ことです。指針の措置の多くは「労働者に周知する」ことまでを内容としており、規程を作っただけで配っていなければ措置を講じたことになりません。研修の出席簿、社内通知の送信履歴、掲示の写真など、履行の証拠を残す運用を最初から組み込んでおくべきです。
措置義務に違反した事業主は、報告徴求命令、助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名の公表がなされ得ます。罰金や拘禁刑といった直接の刑事罰は定められていませんが、企業名の公表による評判上の打撃は小さくありません。
加えて、より現実的なリスクは民事責任です。会社は労働契約上、労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務、労働契約法5条)を負っています。カスハラを放置して労働者が精神疾患を発症した場合、安全配慮義務違反として損害賠償を請求されるおそれがあり、指針が示す10項目は、この義務を尽くしたかどうかを判断する際の事実上の基準として機能していくと考えられます。
前掲のUAゼンセン調査で、カスハラ被害を受けた従業員の精神健康スコアが有意に悪化していたことは、この文脈で重要な意味を持ちます。「カスハラが労働者の健康を害する」という因果関係が争いにくくなるからです。なお、顧客等からの著しい迷惑行為は労災認定基準にも位置づけられています。
従業員のモチベーション低下や離職、休職に伴う人員補充のコストまで含めれば、対策を怠ることの損失は行政指導のリスクにとどまりません。問題行動を放置することのリスクは、社内の問題社員対応と構造が共通しています。この点は問題社員を放置するリスクもあわせてご覧ください。
今回の法改正では、改正男女雇用機会均等法により求職者等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)対策も同時に義務化されます。カスハラばかりに注目が集まりがちですが、採用活動を行う会社はこちらも対応が必要です。
就活セクハラとは、事業主が雇用する労働者による「性的な言動」により、求職者等による求職活動等が阻害されるものをいいます。「求職者等」には、求人に応募する者のほか、採用に資する活動に参加する者や、教育実習・看護実習その他の実習を受ける者が含まれます。
就活セクハラで特に注意すべき措置
- 求職活動等に関するルールをあらかじめ明確化し、労働者および求職者等に周知・啓発する
- ルールの例:面談時間および場所の指定、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類の指定など、面談等を行う際の規則
- 相談窓口を定め、求職者等にも周知する
いわゆるOB訪問やリクルーター面談で、個人のSNSを使ったやり取りや、業務時間外・社外の飲食店での面談が黙認されている会社は要注意です。指針は面談の時間・場所・使用するSNSの種類まで会社がルール化することを求めており、個々の社員の裁量に任せている状態は、そのままでは措置を講じたことになりません。オンラインを介したものも対象に含まれます。
厚生労働省は2026年4月24日、「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」というQ&Aを公表しました。指針だけでは読み取れない実務上の疑問に答えたもので、準備を進めるうえで必ず押さえておくべき内容が含まれています。とくに重要なものを整理します。
【最重要】この法改正は、会社に新しい権限を与えるものではありません。Q&Aは、改正法は事業主に雇用管理上必要な措置を講ずることを義務付けるものであって、事業主が何らかの措置を行う法的な権利や権限を新たに設けるものではないと明言しています。「法律ができたから出入禁止にできる」「取引を切れる」という理解は誤りです。出入禁止や販売拒否が実際に適法かどうかは、契約関係や業法など別の法的根拠から検討する必要があります。ここを取り違えると、対策のつもりで新たな紛争を招きます。
①カスハラに当たるかは、会社が自分で判断しなければならない
Q&Aは、都道府県労働局は、具体的に発生した個々の顧客等の言動がカスハラに該当するか否かの判断は行わないとしています。事実関係を迅速かつ正確に確認することは事業主の義務であり、該当性を含めて会社が判断して必要な措置を講じなければなりません。行政が線を引いてくれるわけではないため、自社の判断基準と、判断に迷ったときの相談先をあらかじめ決めておくことが不可欠です。
②顧客対応が発生しない部署の従業員にも周知が必要
「うちの経理には関係ない」は通りません。Q&Aは、「顧客等」には取引の相手方や施設の利用者も含まれるため顧客対応が発生しない場合でも措置を講じる必要があるとし、方針の周知・啓発は労働者の所属部署や雇用形態を問わず、すべての労働者に対して行う必要があるとしています。対処の内容についても、社外の人と接する機会があるか否かを問わず全員に周知が必要です。
③【要注意】録音・録画は個人情報保護法の手当てが要る
指針は対処の例として録音・録画を挙げていますが、Q&Aはその法的な前提を明確にしています。
- 取得する情報が個人情報に当たる場合、個人情報保護法により利用目的をできる限り特定し、本人に通知または公表する義務がある
- 録音したものを事実関係の確認に使うなら、利用目的として「事実関係の確認に使用する場合がある」ことを特定して通知または公表しておく必要がある
- 公表方法の例:あらかじめプライバシーポリシー等に利用目的を記載し、自社ホームページのトップページから1回程度の操作で到達できる場所に掲載する
- その場で「録音しています」と伝える義務までは含まれないが、偽りその他不正の手段による取得は禁止されており、カメラの設置状況等から本人が容易に認識できるとはいえない場合は、認識可能とするための措置を講じなければならない
録音を始める前に、プライバシーポリシーの改訂が必要になる会社が多いはずです。準備の順番を間違えないでください。
④相談窓口は、他のハラスメント窓口と一体でなくてよい
パワハラ・セクハラは複合的に生じることがあるため一体的な窓口が望ましいとされますが、カスハラは事案が発生したその場ですぐ相談することや、現場の状況に精通している上司等に相談することが適切な場合もあるため、Q&Aは他のハラスメントの相談窓口と一体的なものとする必要はないとしています。現場の上司を相談担当者に定めることも認められています。もちろん一体的に設置しても構いません。
⑤従業員が1人の店舗はどうするか
管理監督者が代わって対応することも、被害者と行為者を引き離すこともできない場合について、Q&Aは、一定の時間の経過をもって退店を求める・電話を切る/犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する/現場対応が困難なときは本社・本部へ情報共有し指示を仰ぐといった対処をあらかじめ定めておくことを挙げています。1人店舗であっても、事後の配慮措置(担当者の変更、配置転換、産業保健スタッフによる相談対応等)は必要です。
⑥出入禁止を方針に定めても、必ず発動する義務はない
Q&Aは、方針に出入禁止を定めた場合でも悪質な事案で必ず出入禁止の措置を講じなければならないわけではないとしています。求められているのは、整備した体制の下で、方針に基づいて発動するか否かを判断することです。また、悪質事案への対処方針は通常の対処の内容とは別の文書として作成する必要はなく、まとめて定めて周知できます。
⑦就業規則にカスハラ独自の規定は必ずしも要らない
自社の従業員が取引先等に対してカスハラを行った場合の懲戒について、Q&Aは、信用失墜行為や服務規律違反に対する懲戒規定など既存の規定に基づき必要な措置を講ずることが可能である場合には、就業規則等を改正してカスハラに係る規定を新たに設ける必要はないとしています。ただし、方針の明確化と対処の内容の周知、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止の定めは別途必要です。既存規程で足りる部分と、新たに定める必要がある部分を切り分けて検討してください。
⑧業界団体のマニュアルを配るだけでは義務を果たしたことにならない
Q&Aは、策定に参画していない事業主が、他の事業主が策定したマニュアルを自社の労働者に周知しただけでは措置義務を果たしたことにはならないとしています。業界団体が作成した業種別マニュアルについても同様で、それを参考に自社の実情に応じた必要な調整を行い、自社の方針と対処の内容を策定して周知して初めて義務を果たしたことになります。逆に、自社が策定に参画した共同マニュアルであれば、それを周知することで義務を果たしたことになります。
⑨行為者から話を聞けないときの事実確認
行為者が立ち去って連絡先も分からない場合について、Q&Aは行為者に連絡を取ることが不可能な場合にまで行為者から事実関係を確認する必要はないとしています。その場合は、周囲の労働者からの聴取や、録音・録画等の客観的な証拠の確認で正確性を担保します。また、行為者の勤務先を把握していても、その勤務先の業務とは関係のない私的な場面での行為であれば、勤務先に協力を求める必要はありません。逆に、取引先の担当者が業務に関連して行った場合は協力を求めることが考えられます。協力を求めたのに応じてもらえないときは、都道府県労働局に相談することが可能で、労働局は相手方に助言等を行います。
⑩「無断での撮影」の意味
指針が精神的な攻撃の例として挙げる「盗撮や無断での撮影」について、Q&Aは、労働者に撮影をやめるように言われたにもかかわらず撮影し続ける等の行為を意味するとしています。顧客による店舗等での無断撮影のすべてが直ちにカスハラに該当するわけではありません。3要素をすべて満たすかどうかで判断します。
⑪調停では顧客等が参考人として呼ばれ得る
労働施策総合推進法にもとづく調停において、必要があると認めるときに出頭を求めることができる参考人には、カスハラに係る紛争においては顧客等も含まれるとされています。
※ このQ&Aは令和8年10月1日から適用されます(パワハラ関係の一部およびセクハラ関係の一部は令和8年4月24日から適用)。
カスハラ対策の義務化はいつから始まりますか?
2026年10月1日からです。改正労働施策総合推進法にもとづくもので、厚生労働省は2026年2月26日に具体的な措置内容を定めた指針(令和8年厚生労働省告示第51号)を公布しています。労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象で、パワハラ防止法のときにあったような中小企業向けの猶予期間は設けられていません。
中小企業にも猶予期間はありませんか?
ありません。パワハラ防止法では中小企業に経過措置がありましたが、今回の改正では規模による猶予は設けられておらず、2026年10月1日から一律に義務がかかります。従業員数が少ない会社ほど、方針の明確化・相談窓口の設置・周知という基本の3点から着手することをおすすめします。
正当なクレームとカスハラはどう区別しますか?
指針は、言動の内容が社会通念上許容される範囲を超える場合(要求に理由がない、契約で想定するサービスを著しく超える要求、対応が不可能な要求、不当な損害賠償要求)と、手段や態様が範囲を超える場合(暴行、脅迫、侮辱、暴言、土下座の強要、威圧的・執拗・拘束的な言動)に分けて例示しています。両者は総合的に判断されますが、いずれか一方だけでも範囲を超える場合があり得ます。要求内容そのものが正当でも、伝え方が過剰であればカスハラに当たり得ます。措置を講じる際は消費者の権利や障害者差別解消法上の合理的配慮にも留意する必要があります。
一度きりの言動でもカスハラになりますか?
なり得ます。「就業環境が害される」かどうかは、平均的な労働者の感じ方、すなわち同様の状況でその言動を受けた場合に社会一般の労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるかどうかを基準に判断されます。言動の頻度や継続性は考慮要素になりますが、強い身体的または精神的苦痛を与える態様の言動であれば、1回でも就業環境を害する場合があるとされています。繰り返されていないことを理由に対応を先送りするのは危険です。
取引先からの理不尽な要求もカスハラに含まれますか?
含まれます。指針のいう「顧客等」には、顧客のほか取引の相手方、施設の利用者その他その事業に関係を有する者が含まれ、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者も対象です。これらは例示であり、法令上の利害関係がある者に限らず、施設の近隣住民のように事実上の利害関係がある者も含まれると解されています。したがって一般消費者を相手にしないBtoB企業でも義務の対象外にはなりません。なお、自社の労働者が取引先の労働者にカスハラを行い、取引先から事実確認への協力を求められた場合は、これに応じる努力義務があります。
電話やSNSでの言動も対象になりますか?
対象になります。指針は、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含むと明示しています。UAゼンセンの2024年調査では、迷惑行為の形態は対面が78.4%、電話が18.8%を占めており、電話対応の場面が実務上大きな比重を占めます。対応フローを作る際は、対面だけでなく電話・メール・SNSの各経路について記録の残し方を決めておくべきです。
パートや派遣社員も対象になりますか?
対象になります。指針のいう「労働者」は正規雇用労働者に限られず、パートタイム労働者や契約社員等の非正規雇用労働者を含む、雇用するすべての労働者を指します。派遣労働者については、労働者派遣法47条の4により派遣元だけでなく派遣先も雇用する事業主とみなされ、派遣先も自社の労働者と同様に措置を講じる必要があります。また、派遣労働者がカスハラの相談をしたこと等を理由に、派遣先が労働者派遣の役務の提供を拒むことも不利益な取扱いとして禁止されます。
クレーム対応はどの時点で打ち切ってよいですか?
指針は、あらかじめ定めておく対処の内容の例として「労働者から十分な説明を行った上で、なお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりすること」を挙げています。つまり打ち切り自体は正当な対応として想定されています。ただし何分で打ち切るかという具体的な基準は各社が定めて労働者に周知しておく必要があり、これを決めないまま現場に判断させると対応がばらつきます。あわせて、顧客等とのやり取りを録音・録画すること(個人情報保護法等を遵守することが前提)も対処の例として挙げられています。
就業規則にはどのように定めればよいですか?
カスハラの行為者は社外にいるため、「してはならない」という禁止規定よりも「受けた場合に従業員がとるべき行動」を優先して定めるのが実務的です。具体的には、被害またはその兆候を感じた場合の上長への報告義務、カスハラの定義、社内に限られない「職場」の範囲、上司による黙認の禁止、自社従業員が取引先等に対して行うことの禁止と懲戒処分の対象となる旨、相談窓口の所管部署、相談者への不利益取扱いの禁止などを盛り込みます。変更にあたっては意見聴取・届出・周知の手順が必要で、周知して初めて効力が生じます。
顧客とのやり取りを録音してもよいですか?
指針はカスハラへの対処の内容の例として、顧客等とのやり取りを録音・録画することを挙げています。ただし個人情報保護法の遵守が前提です。厚労省のQ&Aは、録音したものを事実関係の確認に使う場合には、利用目的として事実関係の確認に使用する場合があることをできる限り特定し、本人に通知または公表する義務があるとしています。公表方法の例として、あらかじめプライバシーポリシー等に利用目的を記載し、自社ホームページのトップページから1回程度の操作で到達できる場所に掲載することが挙げられています。その場で録音している旨を伝える義務までは含まれませんが、偽りその他不正の手段による取得は禁止されており、カメラの設置状況等から本人が容易に認識できるとはいえない場合には、認識可能とするための措置を講じる必要があります。
カスハラに当たるかどうか、労働局が判断してくれますか?
判断しません。厚労省のQ&Aは、都道府県労働局は具体的に発生した個々の顧客等の言動がカスハラに該当するか否かの判断は行わないと明言しています。事実関係を迅速かつ正確に確認することは事業主の義務であり、該当性を含めて会社が判断し、必要な措置を講じる必要があります。また、今回の法改正は事業主に措置義務を課すものであって、出入禁止や販売拒否といった措置を行う法的な権利や権限を新たに与えるものではありません。実際に取り得る対応は、契約関係や業法などを踏まえて個別に検討する必要があります。
義務を果たさなかった場合、罰則はありますか?
直接の刑事罰は定められていませんが、報告徴求命令、助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名が公表されることがあります。加えて、カスハラを放置して労働者が精神疾患を発症した場合には、安全配慮義務違反(労働契約法5条)として損害賠償を請求されるおそれがあり、実務上はこちらのリスクのほうが大きいといえます。顧客等からの著しい迷惑行為は労災認定基準にも位置づけられています。
カスハラ対策の体制づくりは、施行前にご相談ください
2026年10月1日の施行までに必要なのは、方針の策定、就業規則への規定追加、対応マニュアルの整備、相談窓口の設置、そして研修です。とくに「特に悪質なカスハラへの対処方針と体制の整備」は、出入禁止の通告や警告書の送付、法的措置といった判断を伴うため、法的な裏づけをもって設計しておく必要があります。難波みなみ法律事務所は、大阪の中小企業の顧問弁護士として、規程づくりから個別事案の対応までサポートします。
初回相談30分無料|お問い合わせはこちら主な参考資料
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号・令和7年6月11日公布)
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号・令和8年2月26日公布)
- 事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第52号)
- 厚生労働省「2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!」(リーフレット)
- 厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和8年4月24日)
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月)
- UAゼンセン「カスタマーハラスメント対策アンケート調査結果」(2024年)
※本記事は2026年8月時点の法令・指針にもとづく一般的な解説です。個別の事案でカスハラに当たるか、どこまでの対応が許されるかは事実関係により異なります。具体的な対応は弁護士にご相談ください。
