職場でのセクハラは、被害者にとって深刻な問題であり、企業にとっても看過できないリスクです。もしセクハラが発生してしまった場合、会社は適切な対応を取る法的な義務があります。
この記事では、セクハラの定義や判断基準、会社が取るべき具体的な対応について解説します。万が一の事態に備え、セクハラ問題に適切に対応できる体制を整えましょう。
セクハラ対応を怠った企業が負う3つの重大リスク
セクハラ問題への対応を誤ると、企業はさまざまなリスクに直面します。単に個人の問題として捉えてしまうと、法的責任の追求だけでなく様々な損失を招くおそれがあります。
以下の項目では、セクハラへの不適切な対応が企業にどのようなダメージを与えるのかを詳しく解説します。
法的責任の追及(安全配慮義務違反・使用者責任)
企業がセクシャルハラスメント(セクハラ)問題を放置したり、不適切な対応を取ったりした場合、被害者からの損害賠償請求により、重大な法的責任を負う可能性があります。
企業は従業員に対して、安全配慮義務を負っています。安全配慮義務とは、労働者が生命・身体などの安全を確保しながら労働ができるように必要な配慮をする義務(労働契約法第5条)です。そのため、セクハラが発生したにもかかわらず、企業が適切な措置を怠った場合、この安全配慮義務違反を問われることになります。
さらに、企業は、加害者である従業員のセクハラ行為に対して「使用者責任」(民法第715条)を負います。これは、従業員が業務遂行中に他者に損害を与えた場合、会社も使用者として賠償責任を負うというものです。
これらの法的責任を問われた場合、企業は被害者に対して損害賠償債務を負担するおそれがあります。
企業イメージの低下と社会的信用の失墜
セクハラ問題への対応を誤ると、企業のイメージは著しく損なわれ、社会的信用を失うことになります。特に現代では、SNSを通じて、会社の不適切な対応が瞬く間に不特定の第三者に拡散され、「ブラック企業」というレッテルを貼られるリスクが高まります。一度失墜した企業イメージを回復するには、多大な時間と労力が必要です。
こうしたネガティブな評判は、顧客や取引先からの信頼喪失に直結します。結果として、ビジネス上の直接的な損害を被る可能性も否定できません。
さらに、企業の評判悪化は採用活動にも深刻な影響を与えます。求職者が企業の悪い評判を事前に知ることで、応募者の減少や内定辞退者の増加を招き、将来を担う優秀な人材の確保が困難になることもあります。
従業員の離職と生産性の低下
セクハラ問題が社内で適切に対応されず放置されると、被害を受けた従業員は深刻な精神的苦痛を感じたり、職場での働きづらさを覚えたりし、結果として退職に追い込まれるケースが少なくありません。
また、被害者だけでなく、問題を黙認する会社の姿勢は、他の従業員の不信感を募らせ、会社全体の士気を低下させます。これにより、優秀な人材が離職するリスクを高めるでしょう。

そもそも何がセクハラ?法律上の定義と2つの類型
セクハラは、主に「対価型セクシュアルハラスメント」と「環境型セクシュアルハラスメント」の2つの類型に大別されます。以下の項目では、それぞれの類型について詳しく解説します。
「対価型セクシュアルハラスメント」とは
「対価型セクシュアルハラスメント」とは、職場で労働者の意に反する性的な言動があり、それを労働者が拒否したり抵抗したりしたことを理由に、解雇、降格、減給、配置転換といった労働条件上の不利益を与える行為を指します。
具体的には、性的な関係を求めたが断られたため、部下の給料を下げる行為、性的な関係を求めたが拒否されたため、仕事を与えない行為、性的な関係を持ってくれたら昇進させてやるといったものが挙げられます。
「環境型セクシュアルハラスメント」とは
「環境型セクシュアルハラスメント」とは、労働者の意に反する性的な言動によって職場環境が不快なものとなり、その結果として労働者の能力発揮に重大な悪影響が生じるセクシュアルハラスメントを指します。この類型は「対価型」セクハラとは異なり、解雇、降格、減給といった労働条件に関する直接的な不利益がなくても成立するのが特徴です。
以下に、環境型セクシュアルハラスメントと対価型セクシュアルハラスメントの主要な違いをまとめます。
| 類型 | 特徴 | 労働条件上の不利益の有無 |
| 環境型セクシュアルハラスメント | 職場環境が不快になり、能力発揮に悪影響が生じる | 直接的な不利益がなくても成立 |
| 対価型セクシュアルハラスメント | 性的な要求を拒否した結果、不利益を受ける | 直接的な不利益が伴う |
具体的には、職場で以下のような行為が該当します。
- 性的な冗談を言う
- 不必要な身体接触をする
- ヌードポスターを掲示する
- 執拗に食事などに誘う
- 容姿の論評をする
- 性的な噂を流す
たとえ加害者にその意図がなかったとしても、行為を受けた側が不快に感じ、それが労働環境に看過できないほどの支障を与える場合に問題となります。ただ、判断にあたっては、行為を受けた本人が不快に感じていることに加え、「平均的な労働者の感じ方」を基準として客観的に判断されます。
セクハラのグレーゾーン
直ちにセクハラと判断できない微妙な言動があります。例えば、部下の女性に対して親しみをこめて「○○ちゃん」と呼ぶことがセクハラとなる可能性があります。また、気に入っている部下を適正な評価をせずに仕事上優遇する場合もセクハラにあたる場合があります。さらに、服装を注意することも、その注意の方法や内容によってはセクハラにあたり得るため注意しなければなりません。
セクハラが発生した時の企業の取るべき対応
セクハラがあった場合には企業はこれを放置せずに適切に対応しなければなりません。ただし、無計画に対応をすると、かえってセクハラ被害者の苦痛を深めるだけでなく、加害者との労務トラブルを招きかねません。以下では、セクハラ事案が発生した場合のステップを解説します。
ステップ1:相談者への初期対応とプライバシー保護の徹底
セクハラ相談を受けた際は、何よりもまず、相談者が安心して話せる環境を整え、その訴えに真摯に耳を傾ける姿勢を示すことが重要です。相談者は大きな不安を抱え、勇気を出して相談に来ているため、その心情に寄り添い、決して責めたり、話を遮ったりしないよう注意が必要です。
次に、相談内容や相談者の個人情報については、厳格な守秘義務がある旨を明確に伝え、プライバシーを厳守する旨を約束しましょう。誰に、どの範囲まで情報を共有する必要があるかについても、必ず事前に相談者の許可を得ることの重要性を説明してください。これにより、相談者は自身の情報が意図せず広まる心配なく、安心して状況を打ち明けられるでしょう。
その後、事実関係の調査や関係者へのヒアリングなど、相談後の具体的な進め方を説明し、会社として誠実に対応する意思があることを示しましょう。これにより、相談者の不安は軽減されます。また、必要に応じて、相談者の心身の安全を確保するための措置、例えば、一時的な在宅勤務、事業所の移動、座席変更等を検討することも重要です。
また、事案の内容が深刻である場合には、行為者を被害者から隔離するために行為者に自宅待機を命じる場合があります。自宅待機を命じる場合には賃金が発生しますのでご留意ください。
ステップ2:事実関係の調査
セクシュアルハラスメントの相談を受けた後、企業が次に取り組むべきは、事実関係の調査です。厚生労働省の指針でも、ハラスメントの相談があった場合は、会社が迅速かつ正確に事実関係を確認する義務を負うと明記されています。
セクハラの調査は、以下の対象者から丁寧にヒアリングを行うことで進めます。
- 相談者本人(被害を訴える人物)
- 第三者(目撃者や関連情報の保有者)
- 行為者(加害者とされる人物)
相談者本人へのヒアリングでは、二次加害に配慮しつつ、「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」といった5W1Hを明確に確認することが重要です。また、セクハラを裏付ける客観的な資料を持っている場合には、その資料の共有も受けるようにします。続いて、他の社員や関係者からは、客観的な目撃情報や状況に関する証言を収集します。その後、行為者に対するヒアリングを実施します。行為者からのヒアリングでは、先入観を持たずに、また、関係資料を提示することなく淡々と聞き取りをしましょう。加えて、具体的なハラスメントの内容や日時を特定をした上で弁明の機会を与えるようにしましょう。
これらのヒアリング内容は正確に記録し、メールやSNSのやり取りなど、客観的な証拠も合わせて収集することが重要です。社内調査を通じて客観的な事実を正確に把握することが、非常に重要です。
大阪高等裁判所平22年8月26日
セクハラ行為については,具体的に特定されておらず,時期についても3年以上の期間が示されているだけで十分な特定がされていない点で問題がある。
とりわけ,本件が懲戒免職処分という重い処分が問題となっていることからすると,特段の事情のない限り,処分の理由となる事実を具体的に告げ,これに対する弁明の機会を与えることが必要であると解されるが,処分の理由となる事実が具体的に特定されていなければ,これに対する防御の機会が与えられたことにはならないから,これを処分理由とすることは許されないというべきである。
ステップ3:調査結果に基づくセクハラの有無の判断
ステップ2で収集した当事者や第三者からのヒアリング内容、そして客観的な証拠(メール、SNSのやり取り、写真、動画など)に基づき、セクハラ行為の有無を客観的かつ慎重に判断します。
つまり、ヒアリング結果や客観的な資料を基に、事実認定をします。客観的な証拠と双方の供述から動かし難い事実を特定した上で、食い違う点があれば、双方の供述のどちらが信用できるのかを精査します。事実関係が確定できれば、その事実をセクハラの定義に当てはめて法的にセクハラに該当するかを検討します。
ステップ4:加害者への懲戒処分と被害者への配慮措置の実施
セクシュアルハラスメントの事実が認定された場合、会社は加害者と被害者それぞれに対し、適切な措置を迅速に講じる必要があります。
懲戒処分を下すのか、どの懲戒処分を選択するのかは、以下の事情を踏まえて慎重に検討します。
| ①セクハラ行為の期間、頻度及び内容②加害者の職責・立場③反省の有無・程度④過去の処分歴⑤被害者が受けた不利益の程度及び内容、⑥被害者の処罰感情⑦他の職員や会社に対して与える影響 |
例えば、動機や態様が非常に悪質である時やセクハラの結果が重大である時は重めの懲戒処分を選択します。一方で、セクハラが発覚する前に自主的に申し出た時やその他に酌量するべき情状がある時には、懲戒処分の軽減を検討することもあります。
次に、被害者に対しては、被害者の意向を最優先に確認した上で、心身の負担を軽減するための配慮措置を実施します。行為者と離れるための配置転換、行為者の謝罪、メンタルヘルスケアとしての産業医面談、カウンセリング費用の補助などが挙げられます。
絶対にしてはいけない!セクハラ相談を受けた際のNG対応
企業がセクシュアルハラスメント(セクハラ)の相談を受けた際の対応は、企業にとって非常に重要な局面です。不適切な対応は、単に問題を解決できないだけでなく、事態をさらに深刻化させるリスクをはらんでいます。
以下で解説するNG対応は、企業の法的責任を増大させるだけでなく、従業員からの信頼を大きく損ない、組織全体の健全性を揺るがす原因となりかねません。これらの落とし穴を避け、適切な対応を徹底することが肝要です。
被害者を責める・問題を軽視する
セクハラの相談を受けた際に最も避けるべきは、被害者の訴えを軽視したり、被害者に責任を押し付けたりする言動です。例えば、被害者の行動に原因を求める発言や加害者を擁護するような発言は、厳に慎むべきです。
勇気を出して相談したにもかかわらず、「このくらいで騒ぐな」「気にしすぎ」といった態度で問題を矮小化されることは、被害者を孤立させ、会社への信頼を失墜させかねません。結果として、被害者は「相談しなければよかった」と後悔し、問題解決への道を閉ざしてしまう可能性もあります。
セクハラの相談を受けた際は、まず被害者が声を上げた勇気を認め、その心情に寄り添いましょう。
適切な調査をせずに放置する
セクハラの相談があったにもかかわらず、事実確認のための調査を怠ることは、企業の安全配慮義務違反に問われる重大な問題です。
調査をせずに放置すれば、被害は継続・拡大し、結果として被害者が精神的な苦痛を受けるだけでなく、休職や退職に追い込まれるリスクが高まります。安易に「当事者間で解決してほしい」と促したり、「もう少し様子を見よう」と判断を先延ばしにしたりする対応は避けるべきです。
相談者に不利益な取り扱いをする
セクシュアルハラスメントの相談を受けたり、その調査に協力したりした従業員に対し、会社が不利益な取り扱いをすることは、男女雇用機会均等法により明確に禁止されている違法行為です。具体的には、以下のような行為がこれに該当します。
- 解雇
- 降格
- 減給
- 不利益な配置転換
- 更新拒否(雇止め)
さらに、職場内で相談者や協力者を無視する、悪口を言う、業務を教えないといった嫌がらせ(いわゆるパワーハラスメント)も、不利益な取り扱いと見なされることがあります。このような対応は、被害者が声を上げにくくするだけでなく、他の従業員がハラスメント調査への協力をためらう原因にもなりかねません。結果として、問題が隠蔽され、事態がさらに悪化するリスクを高めることになります。
セクハラを二度と起こさせないための再発防止策
セクハラが発生した場合、加害者への懲戒処分や被害者へのケアを行うことは当然必要ですが、それだけで問題が解決するわけではありません。企業は、二度と同様の問題を発生させないための「再発防止策」を講じることが、男女雇用機会均等法により義務付けられています。
以下の項目では具体的な再発防止策を解説します。
セクハラに対する会社の方針を明確にする
セクハラの再発防止には、会社としてセクハラを一切許さないという毅然とした姿勢を、トップメッセージとして明確に打ち出すことが極めて重要です。経営層が率先してこの方針を示すことで、従業員全体の意識向上に繋がるでしょう。
具体的には、就業規則やハラスメント防止規程に、セクハラに関する以下のような項目を明確に明記する必要があります。
| 項目 | 内容 |
| セクハラの定義 | どのような行為がセクハラに該当するかを示す |
| 禁止される言動 | 具体的なセクハラ行為の例を挙げ、禁止する |
| 懲戒処分の内容 | セクハラ行為を行った場合の処分を明記する |
これにより、どのような行為がセクハラに該当するのか、またそれに違反した場合にどのような処分が下されるのかを従業員が正確に理解できるようになります。
また、以下の多様な方法で周知徹底を図り、全従業員がいつでも内容を確認できる環境を整備することが重要です。
- 社内報やイントラネットへの掲載
- ポスターの掲示
- 全社員への文書配布
さらに、新入社員研修や管理職研修などの場で繰り返し説明を行います。これらの適切な周知活動を通じて、セクハラ行為の抑止効果が期待できます。
相談窓口を設置・運用する
セクハラの再発防止には、従業員が安心して声を上げられる相談窓口の設置と適切な運用が不可欠です。
2020年6月に大企業向け、2022年4月には中小企業向けに施行された改正労働施策総合推進法により、ハラスメント相談窓口の設置は企業の義務となりました。
従業員が安心して相談できる環境を整えるためには、相談者のプライバシー保護を徹底し、相談したことを理由に不利益な取り扱いをしないことを明確に約束する必要があります。
相談へのハードルを下げる工夫も求められます。具体的には、対面相談だけでなく、電話、メール、ウェブフォームなど複数の相談手段を用意します。また、相談担当者を異性ではなく同性にするなど、相談しやすい配慮をする。さらには、社内窓口だけでなく、弁護士事務所などの外部の専門機関に相談窓口を委託することも検討します。
相談窓口の担当者が適切に対応できるよう、あらかじめマニュアルを作成し、定期的な研修を実施することも重要です。
ハラスメント研修を定期的に行う
全従業員がハラスメントに関する知識レベルを統一し、意識を高めることは、セクハラの再発防止を進める上で非常に重要です。
セクハラ研修では、以下の点を明確に伝える必要があります。
- セクハラの定義と具体的な事例
- 会社が定める防止方針と懲戒規定
- 相談窓口の場所と利用方法
特に管理職に対しては、相談を受けた際の傾聴の仕方や事実確認の手順など、より実践的な対応方法を解説するようにしましょう。
ウェブ研修と集合研修を組み合わせたハイブリッド形式の実施や理解度テストの導入なども、従業員の理解度を高める上で有効な手段となります。
社内での対応が困難な場合は弁護士への相談を
セクシュアルハラスメント問題では、社内対応のみでは限界が生じるケースも少なくありません。
問題が深刻化・複雑化する前に、早期に弁護士に相談することは、企業自身だけでなく、従業員を守るための最善策となります。
公正な調査や適切な処分決定のサポート
セクハラ問題の調査では、組織内の人間関係やハラスメントに関する専門知識の不足から、中立的かつ公正な事実認定が困難となるケースが少なくありません。このような状況において、弁護士にセクハラの調査を依頼することを検討しましょう。弁護士は第三者の専門家として、法的な観点から客観的な事実調査を実施できます。
調査結果に基づく懲戒処分の決定においても、弁護士の助言は非常に有用です。弁護士は、多くの懲戒処分の妥当性について専門的な助言をすることができ、企業はその助言を踏まえて最終的な判断を下すことができます。処分の妥当性が担保されることで、加害者からの不当処分を理由とした訴訟リスクを軽減できるだけでなく、被害者からの対応への不満を抑え、企業の信頼性維持にも貢献します。
訴訟リスクへの備えと交渉代理
企業がセクハラ対策を怠ったと判断された場合、安全配慮義務違反や使用者責任を問われ、多額の賠償金を支払う事態に発展する可能性もあります。
弁護士に早期に相談することで、セクハラ問題に端を発した法的リスクに備えることが可能になります。具体的には、弁護士は、以下のような点で企業をサポートします。
- 訴訟を見据えた客観的な事実調査の実施
- 録音、動画、メール、SNSの履歴、同僚の証言などの証拠収集サポート
- 示談交渉の代理
- 訴訟手続の代理
- 当事者間の感情的な対立を避けた冷静かつ円満な解決の促進
これらのサポートにより、企業が負うリスクを最小限に抑えるための準備を進めることができます。専門的な知識が求められる場面では、弁護士が企業の代理人として交渉を代行することで、企業の負担を軽減させるとともに、紛争の長期化を防ぐことにもつながるでしょう。


