従業員が就労するにあたり、移動はつきものです。
従業員の移動には、通勤時間だけでなく、現場への移動、出張先への移動、利用者宅への移動など様々あります。移動時間のうち、仕事をするための準備行為であれば労働時間には当たりませんが、使用者の指揮監督の下で行われていれば労働時間になる可能性があります。
労働時間に当たるにもかかわらず、これを労働時間として処理せずに放置すると、残業代だけでなく遅延損害金や付加金などの経済的な負担を生じるリスクがあります。
本記事では、移動時間が労働時間にあたる条件を弁護士が解説します。
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労働時間とは
移動時間が労働時間にあたるかを考えるにあたり、そもそも労働時間とは何かを理解する必要があります。
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間と考えられています(三菱重工長崎造船所事件最高裁平成12年3月9日)。
労働時間にあたるかは、使用者側が労働者を指揮命令していたかが重要な判断要素となり、これは客観的な状況から判断されます。
移動時間は労働か?
業務のために移動をすれば、常に労働時間にあたるわけではありません。
業務中の移動時間であっても、労働者にとって自由な時間で、使用者から何らの指揮命令も受けないのであれば、労働時間にはあたりません。
そこで、移動時間が労働時間にあたるかを判断するにあたり、その場所に移動する理由、必要となる移動時間、移動時間中の具体的な指示を踏まえて、使用者による指揮命令下にあったといえるかを判断することになります。
自宅から就業場所までの通勤時間
通勤時間は労働時間にはあたりません。
通勤はあくまでも仕事を行うための準備行為であって、使用者によって拘束を受けているわけではないからです。
ただ、通勤時間においても、メールの送信や書類の作成などの業務を行っており、通勤時間を使わないと業務を処理できないほどの業務量がある場合には、例外的に通勤時間も労働時間になる可能性はあるでしょう。
出張先の移動時間
出張先への移動時間も、通勤時間と同じように、出張先で仕事をするための準備行為といえます。つまり、出張先への移動中、その時間を何に使うかは労働者の自由であり、使用者による拘束を受けていないと考えられます。
そのため、出張先の移動時間は、労働時間とは考えられません。
出張先への移動が休日に行われていたとしても、使用者による拘束がないのであれば休日労働には当たりません。
労働時間にあたる場合もある
ただ、例外的に、出張の目的が、商品や物品の運搬であって、移動中、その物品等を監視し続けなければならない場合、移動そのものが業務に当たるといえます。この場合には、移動時間も労働時間に該当すると考えられています。
また、移動中に、パソコン等の通信機器を使いながら業務を行う場合には、使用者による明示または黙示の指揮監督があるとして、労働時間に該当する場合もあります。
行政解釈(昭23・3・17基発461、昭33・2・13基発90)
「出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取扱わなくても差支えない。」
テレワーク後の移動時間
午前中だけテレワークをしてから、午後から事業所に出勤して仕事をするような場合、その移動時間が労働時間にあたるのかが問題となります。
使用者による指示もなく、労働者本人の意思でオフィスに移動する場合、その移動時間は労働時間にあたりません。
他方で、テレワーク中の労働者が、使用者による指示により、自宅からサテライトオフィスからオフィスに出社する場合には、その移動時間も労働時間と考えられています。
介護事業における移動時間
訪問介護を行う介護事業所において、事業所場から利用者宅への移動、利用者宅から利用者宅への移動を行うことが多いでしょう。
訪問介護における移動の場合、使用者が労働者に対して、特定の利用者宅への移動を命じて、移動時間中に時間の自由利用がないものと考えられます。
そのため、事業場から利用者宅への移動時間は労働時間と考えられています。
ただ、その移動時間が通常の移動に必要な時間を超えている場合には、超えている限度で労働時間とされる余地はあります。
訪問介護労働者の法定労働条件の確保について(平成16年8月27日基発第0827001号)
自宅から利用者宅の移動
自宅から利用者宅へ直行する場合の移動時間については、通常の通勤時間と同様に労働時間ではないと考えられています。
事業所に立ち寄る場合の移動時間
事業所に立ち寄ってから現場へ向かう場合、事業所に立ち寄ってから現場までの移動時間は、状況によっては労働時間にあたります。
労働者の任意で立ち寄る場合
まず、事業所への立ち寄りが労働者の任意で行われた場合、事業所から現場までの移動時間は、労働時間とはされません。
使用者の指示がある場合
他方で、事業所への立ち寄りが使用者の指示による場合、事業所から現場までの移動時間は労働時間にあたります。例えば、事業所で資材等を積み込んだり、入る現場や作業内容の指示を受ける必要があるために事業所に立ち寄る場合です。
ただ、労働時間にあたるためには、使用者による指示がある程度継続して行われていることが必要です。
移動時間が労働時間になる場合の対応
移動時間が労働時間にあたる場合、使用者側の対応を解説します。
残業代を支払う
移動時間が労働時間となる場合、残業代を支払う必要が生じます。
まず、移動時間を労働時間に含めたとしても、実労働時間が1日の所定労働時間を超えない場合には、残業代は発生しません。
時給制にしている場合には、移動時間分の時給が発生します。
移動時間を含めると、所定労働時間を超える場合には、残業代が発生します。さらに、8時間を超えている場合には、割増賃金も発生します。
残業代の割増率
1日の労働時間が8時間を超える場合または週の労働時間が40時間を超える場合、割増賃金は、1時間あたり25%を掛けた金額となります。
ただし、1か月の時間外労働が60時間を超える場合には、割増率は25%から50%に増えます。このルールは、中小企業にも適用されます。
TIPS!深夜労働と休日労働
深夜労働とは、午後10時から午前5時までに仕事をした場合を指し、25%の割増賃金が発生します。
休日労働とは、法定休日に労働する場合を指し、35%の割増賃金が発生します。
移動時間に関する使用者の考えを周知させる
移動時間に使用者の考えを労働者に周知させます。
通勤時間や事業所の移動時間が労働時間には当たらないことを周知させることで、労働者の誤解や対立を避けることを期待できます。
具体的には、想定される移動時間を列記して、労働時間にあたるものとあたらないものを明らかにします。
ただ、使用者の判断基準を周知させたからといって、常に移動時間が労働時間には該当しないわけではありません。
解説したように移動時間であっても使用者の指揮命令があれば労働時間になります。
残業代未払いの問題点
移動時間を労働時間に含めることで残業代が発生する場合、これを支払わずに放置してしまうと、想定外の諸々の負担が生じるかもしれません。
遅延損害金が発生する
残業代にも、遅延損害金が付きます。
残業代を払うべき日(給料日)以降に年3%の遅延損害金が生じます。
また、退職後の遅延損害金は年14.6%にまでなります。
このように、残業代の支払いを放置していると高額な遅延損害金が発生していることがあるため、放置せずに適切な対応が必要です。
付加金
裁判所は企業に対して、未払いの残業代と同じ金額の支払いを命じる場合があります。この同額の金員を付加金といいます。
付加金の支払いを命じられると、2倍の残業代を支払うに等しくなるため、大きな経済的な負担となります。
消滅時効の伸長
残業代の消滅時効は、かつては2年でした。しかし、法改正により時効期間が2年から3年に延びました。さらに、一定期間が経過すれば3年から5年に伸長されます。
このように、残業代の時効期間が長くなったことで、企業側の負担は大きくなりました。
刑事罰のリスク
残業代の支払いを怠っていると、労働基準監督署の調査を受け、労働基準法違反が認められると是正勧告を受けるリスクもあります。
是正勧告も無視し続けると、『6月以下の懲役または30万円以下の罰金』の刑事罰を受けるおそれもあります。
風評被害と人材の流出
残業代の不払いを放置すると、人材の流出を引き起こします。
社員のサービス残業が常態化すると、社員のモチベーションは当然下がり、業務効率の低下が生じます。
社員のモチベーションの低下が続けば、社員の会社に対する忠誠心も低下し、離職を招きます。
会社に不満を持った社員が転職の掲示板やSNSに会社の悪評を掲載するなどして、会社の評判が悪くなります。会社の評価が低下すれば、新しい人材の採用も難しくなり、全社的な効率低下が常態化してしまいます。
労働時間の問題は弁護士に相談を
移動時間が労働時間にあたるかは、さまざまな事情を踏まえて判断する必要があります。
移動時間を含めた残業代の問題は、企業に大きな経済的な負担を生じさせます。時に企業の運営を困難にさせるほどの大きな負担を強いられることすらあります。
残業代の問題は、できるだけ早い時期に対応することが大切です。
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