「降格」には、制裁として行う懲戒処分としての降格と、人事権の行使として行う降格(降職)があり、それぞれ有効要件が異なります。根拠や手続きを欠いたまま降格・賃金引下げを行うと、処分が無効となり、引き下げた賃金の差額をさかのぼって支払う義務が生じるおそれがあります。
降格と減給の違い、給与をどこまで下げられるか、懲戒・人事権それぞれの有効要件、資格・等級の引下げ、妊娠・出産・育児を理由とする降格の禁止、通知書の書き方まで、企業経営者の視点で弁護士が解説します。
社員を降格して給与を下げることはできますか?
根拠と相当性があれば可能です。懲戒処分としての降格は就業規則の定め・懲戒権の濫用にあたらないこと、人事権行使としての降格(降職)は人事権の濫用にあたらないことが必要です。根拠や相当性を欠くと無効になります。
降格に伴う賃金の引下げにも上限がありますか?
降格に伴う賃金の引下げ(降給)は、制裁として賃金を差し引く「減給」とは性質が異なり、労働基準法91条の上限規制は適用されないと解されています。ただし引下げ幅が過大だと、人事権・懲戒権の濫用として無効になり得ます。
社員が降格を拒否したら降格できませんか?
就業規則に根拠があり人事権の濫用にあたらない有効な降格であれば、本人が拒否しても効力は生じます。ただし本人の同意を根拠とする降格の場合は、同意がなければ降格できません。
- 懲戒処分としての降格=労働契約法15条(客観的合理的理由+社会通念上の相当性を欠くと懲戒権の濫用で無効)。減給の制裁の上限=労働基準法91条(降給には適用されない)。
- 人事権行使としての降格(降職)=就業規則の根拠がなくても可能だが人事権の濫用は無効。職能資格の引下げは就業規則の根拠が必要。妊娠・出産・育児を理由とする降格=男女雇用機会均等法9条3項・育児介護休業法の不利益取扱い禁止。
降格処分とは
「降格」とは、社員の役職・職位を引き下げたり、職能資格制度上の資格・等級を引き下げたりする処分をいいます。正確には、職位・役職を解き又は引き下げる処分を「降職」、職能資格や職務等級・役割等級を低下させることを「降格」と呼び分けることがありますが、実務では役職を引き下げる降職も含めて広く「降格」と呼ばれています。
降格には懲戒処分としての降格と人事権行使としての降格があり、性質が異なるため注意点も異なります。賃金が資格・等級と連動している場合、降格に伴って賃金額も引き下げられるのが一般的ですが、これは制裁として賃金を差し引く「減給」(労基法91条の上限規制を受ける)とは区別されます。一定期間で終了する出勤停止と比べても、地位や賃金が継続的に引き下げられる降格は、より重い処分と位置づけられます。
懲戒処分の降格と人事権行使の降格との違い
懲戒処分としての降格は、問題行為を行った社員への制裁です。これに対し人事権行使としての降格は、制裁ではなく会社の人事権の一環として、能力不足や配置上の問題への対応として行われます。「誰を役職につけるかは会社の経営判断」という考え方から、人事権行使としての降格は懲戒処分としての降格よりも違法と判断されるリスクが低く、広い裁量の下で認められています。能力不足・問題行為のある社員への対応を放置すると深刻なトラブルに発展することがあります。
| 比較項目 | 懲戒処分としての降格 | 人事権行使としての降格 |
|---|---|---|
| 意味 | 問題行動(セクハラ・パワハラ・社内規則違反など)に対する制裁 | 能力面などから役職に不適任となった場合の人事上の措置 |
| 基本的な考え方 | 懲戒処分のルールが適用され、違反すれば無効 | 経営判断としての人事。広い裁量が認められる |
| 根拠 | 就業規則の懲戒規定が必要 | 原則、就業規則上の根拠は不要(職能資格の引下げは必要) |
| 違法リスク | 相対的に高い | 相対的に低い |
降格に伴う給与の引下げと減給の違い
「減給」は制裁として賃金を差し引く懲戒処分で、労働基準法91条により、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならないという上限があります。これに対し、降格に伴う賃金の引下げ(降給)は、役職・等級の変更に伴って賃金が下がるもので、減給とは性質が異なり、労基法91条の上限規制は適用されないと解されています。
降格で給与はどこまで下げられるか
降給は労基法91条の適用を受けませんが、「上限がない=いくらでも下げてよい」という意味ではありません。引下げ幅が大きすぎると、人事権の濫用や処分の相当性を欠くものとして、降格そのものや賃金減額が無効と判断されるリスクが高まります。
賃金テーブル(賃金規程)の有無が分かれ目
賃金を引き下げるうえで最も重要なのが、降格・降給の根拠が就業規則(賃金規程)に具体的に定められているかです。資格・等級と賃金の対応関係(賃金テーブル)が定められ、降格事由や降給の幅が明確になっていれば、賃金減額の根拠として説明しやすくなります。逆に「降格・降給があり得る」と定めるだけでは足りないと判断された裁判例があります。
就業規則等に資格等級の見直しによる降格・降給の可能性と使用者の権限が根拠付けられていることが必要であり、給与規程で等級別に定めるだけでは足りず、具体的な金額・幅・適用基準を明らかにすべきと判断されました。
減額幅の目安
減額幅について法律上の数値基準はありませんが、実務上は月額賃金の1〜2割程度までを一つの目安とし、これを大きく超える場合は激変緩和の配慮が必要と考えられています。
激変緩和措置
減額幅が大きい場合には、一定期間は従前の賃金との差額の一部を補填する、段階的に引き下げるなどの激変緩和措置をとることで、処分の相当性を確保しやすくなります。
懲戒処分としての降格を行う際の注意点
懲戒処分としての降格は、他の懲戒処分と同様に、次の要件に沿って行う必要があります。
- ① 就業規則に懲戒事由と懲戒処分としての降格が定められていること
- ② 就業規則が労働者に周知されていること
- ③ 就業規則に規定された懲戒事由に該当する事実があること
- ④ 懲戒権の濫用にあたらないこと(労働契約法15条)
- ⑤ 適正な手続き(弁明の機会の付与など)を踏むこと
①就業規則の定め・②周知
懲戒として降格をするには、就業規則に懲戒事由と懲戒処分としての降格が定められていることが必要です。労働者の行為後に作成された就業規則に基づく懲戒処分は許されません。また、就業規則が作成・届出されていても、労働者に周知されていなければ効力を生じません。写しの交付や、誰でも手に取れる場所での保管と周知が必要です。
③懲戒事由への該当
社員の問題行為が懲戒事由に該当することが必要で、問題行為の存在が客観的な証拠から認定できることが求められます。主観的に問題行為があるだけでは不十分で、処分後に発覚・認識した事情で懲戒事由を補完することもできません。
④懲戒権の濫用に当たらないこと(労契法15条)
労働契約法15条は、懲戒処分は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要と定めています。懲戒事由該当に加え、降格処分とすることが社会通念上相当(重すぎない)といえることが必要で、次の事情を考慮して判断されます。
| 相当性の考慮要素 |
|---|
| (1) 行為の動機・態様・結果/(2) 故意または過失の度合い/(3) 行為者の地位・責任の程度/(4) 他の職員に与える影響/(5) 過去の処分歴/(6) 普段の就労態度 |
⑤手続きを踏むこと
懲戒処分では、就業規則所定の手続き(賞罰委員会の開催など)や、本人への弁明の機会の付与といった適正手続きを踏むことが、処分の有効性を支えます。
役職や職位を引き下げる降格(降職)
人事権の一環として役職・職位を引き下げる降格(降職)が有効となるには、①就業規則の根拠規定または本人の同意、②人事権の濫用にあたらないこと、が必要です。
①就業規則の定め
人事権行使としての降職は会社の裁量で行うことができ、本来は就業規則上の根拠や労働者の同意は不要と考えられています。ただし、労働契約上、特定の役職・職位に就くことが労働条件として限定されている場合には、一方的に降職させることはできません。賃金引下げを伴う降格は労働者に大きな不利益を与えるため、人事権行使であっても就業規則に根拠規定を設けておくほうが安全です。
②人事権の濫用に当たらないこと
人事権の行使も無制限ではありません。降職が人事権の濫用にあたらないかは、次の4要素を総合して判断されます。
| 人事権濫用の判断要素 |
|---|
| ① 使用者側の業務上・組織上の必要性の有無・程度/② 能力・適性の欠如等、労働者側の帰責性の有無・程度/③ 労働者が受ける不利益の性質・程度/④ 当該企業における昇進・昇格の運用状況 |
役職・職位の引下げ(降職)が人事権の濫用にあたるかは、上記4要素を総合して判断されると示されています。
資格・等級の引下げによる降格
賃金制度に職能資格制度や職務等級・役割等級制度を採用している場合、資格・等級を引き下げる降格が問題になります。どの制度の等級を引き下げるかによって、就業規則の根拠が必要かどうかや濫用審査の厳しさが変わります。
職能資格(属人給)の引下げ ― 就業規則の根拠が必要
職能資格制度は、社員が身につけた業務遂行能力に着目して等級を定めるものです。いったん身につけた能力は簡単には失われないと考えられるため、資格を引き下げるには就業規則に降格・降給の根拠規定があることが必要で、具体的な降格事由・降格の幅・減額する賃金の幅などの規定が求められます。単に「降格・降給があり得る」と定めるだけでは不十分です。
職能資格の引下げには、就業規則等に具体的な降格・降給の根拠規定が必要であると判断されています。
職務等級・役割等級(属仕事給)の引下げ ― ガイドライン等でも足りる
職務等級・役割等級制度は、社員が現に担っている職務・役割に着目して等級を定めるものです。担う職務・役割が変われば等級が変わるのは制度上当然であるため、就業規則ではなく「手引き」や「ガイドライン」等に根拠があれば降格の権限が認められると解されています。この場合の等級引下げは、制度の枠組み(規定)の中での人事評価の手続と決定権に基づく限り、使用者の裁量的判断に委ねられます。
職務等級・役割等級の引下げは、当該制度の枠組みの中での人事評価の手続と決定権に委ねられると示されています。
降格の種類と有効要件の比較
ここまで解説した降格の根拠と有効要件を表にまとめます。まず懲戒処分としての降格と人事権行使としての降格に大きく分かれ、後者はさらに「役職・職位の引下げ(降職)」「職務等級・役割等級の引下げ」「職能資格の引下げ」で、就業規則の要否と濫用審査の厳しさが異なります。
| 降格の種類 | 就業規則等の要否(根拠) | 濫用審査・主な有効要件 |
|---|---|---|
| 懲戒処分としての降格 | 就業規則上の懲戒規定が必要 | 就業規則の定め・周知、懲戒事由該当性、権利濫用にあたらないこと、適正な手続き(弁明の機会の付与等) |
| 役職・職位の引下げ(降職) | 就業規則等は不要(役職・職位が労働契約上限定されている場合は不可) | 大幅な裁量。業務上の必要性・労働者側の帰責性・不利益の程度・昇進昇格の運用状況の4要素で濫用を判断 |
| 職務等級・役割等級の引下げ | 就業規則ではなくガイドライン等でも足りる | 制度の枠組みの中での人事評価の手続と決定権に委ねられる |
| 職能資格の引下げ | 就業規則の根拠が必要 | 厳格な審査(減額幅の相当性・根拠規定の具体性が問われる) |
不利益取扱いにならないように(妊娠・出産・育児)
妊娠・出産・育児を理由に社員を降格させると法令違反となり無効となります。男女雇用機会均等法9条3項は妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを禁止し、育児・介護休業法も育児休業等を理由とする不利益取扱いを禁止しています。妊娠・出産・育児休業等が終わってから1年以内に降格などの不利益取扱いをすると、原則として法令違反になります。
業務上の必要がある場合
降格が形式上は不利益取扱いに該当しても、業務上の必要から行われ、社員が受ける不利益を上回る特段の事情が認められる場合には、例外的に法令違反とはなりません(例:経営悪化による組織再編など)。
社員本人の同意がある場合
労働者本人が、十分な説明を受けたうえで自由な意思に基づき同意している場合には、例外的に有効とされることがあります。ただし同意の有無は慎重に判断され、形式的な同意書だけでは足りないことがあります。
降格を拒否された・不服や退職を主張されたときの対応
降格を告げられた社員は、「拒否できるのか」「給料はどこまで下がるのか」「違法ではないか」といった疑問を持ち、不服を申し立てたり退職を口にしたりすることがあります。会社としては、こうした反応をあらかじめ想定して備えることが大切です。
降格を社員が拒否できるか
就業規則に根拠があり人事権の濫用にあたらない有効な降格であれば、社員が拒否しても効力は生じます。もっとも、本人の同意を根拠とする降格の場合は、同意がなければ降格できません。その降格が「就業規則の根拠に基づくもの」か「本人の同意を前提とするもの」かを事前に整理しておく必要があります。
降格処分に不服・違法を主張されたときは
「不当な降格だ」と主張された場合の争点は、降格の根拠の有無と処分の相当性(人事権・懲戒権の濫用にあたらないか)です。あらかじめ次を書面で残しておけば、紛争時にも会社の判断の正当性を説明しやすくなります。
- 就業規則の根拠
- 降格の理由となる事実の客観的な証拠
- 本人への説明・弁明の機会
- 賃金減額の幅の相当性
降格処分の後の退職・退職勧奨
降格をきっかけに社員が自ら退職を申し出ることもあれば、会社が退職勧奨を検討することもあります。退職勧奨は懲戒処分ではないため、降格後に行うこと自体は問題ありません。ただし、降格を退職に追い込む手段として使うこと(実質的な退職強要)は違法と評価されるリスクがあり、退職勧奨に応じないことへの制裁として降格すると降格自体が無効になり得ます。
降格処分の通知書を交付する
降格処分は、口頭ではなく書面によって行います。口頭だけでは、どのような根拠でどのような降格処分をしたかが判然とせず、処分後の証明も難しくなります。通知書(降格辞令・降格理由書を兼ねることもあります)を交付し、懲戒処分なのか人事権の行使なのかを明確にしたうえで、具体的な内容を明記します。
降格処分通知書の記載事項
- 処分の対象となる社員・交付日
- 降格の種類(懲戒処分/人事権の行使のいずれか)
- 降格の理由(懲戒の場合は対象行為を具体的に特定し、該当する就業規則の条文を記載)
- 変更前後の役職・職位/資格・等級
- 変更後の賃金(役職手当・基本給等の変更前後の金額)と適用開始日
- 不服がある場合の申立ての窓口(設けている場合)
交付の際は、通知書の写しに受領の署名をもらい、記録として残しておくとよいでしょう。
就業規則の記載例
2 前項により資格・等級が引き下げられた場合、当該資格・等級に対応する基本給および役職手当に変更する。
※あくまで一例です。自社の等級制度に合わせて調整してください。
降格処分に関するよくある質問
降格処分のご相談は難波みなみ法律事務所へ
降格処分は賃金の引下げを伴う重大な処分で、労働者からの反発も強く出がちです。降格に足りる理由があるか、不利益が過度でないかを事前に精査することが重要です。就業規則・賃金規程の整備、通知書の作成、懲戒・人事権いずれで進めるかの判断まで、企業側の立場で支援します。大阪・なんば/心斎橋の難波みなみ法律事務所へ。初回相談30分無料・来所不要・zoom/電話対応。
※本記事は一般的な解説であり、個別の事案では降格・降給の有効性は具体的な事情により異なります。降格処分の可否判断、就業規則・賃金規程の整備、通知書の作成については、監修弁護士(難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝/大阪弁護士会)にご相談ください。
