退職金規定がない場合に退職金を支払う必要があるのか?企業側が取るべき対策を弁護士が解説

公開日: 2025.12.12

退職金規定がないにもかかわらず、社員の退職時に社員から退職金の支払を求められることがあります。

退職金規定がない以上、退職金を支払う必要は原則としてありません。しかし、退職金規定がなくても、ケースによっては退職金を支払う必要があることもあります。

今回は、退職金規定がない場合に退職金が支払われるケースについて、企業側が知っておくべき対策と合わせて弁護士が解説します。

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退職金規定がなければ支払い義務はない

繰り返しになりますが、結論として、退職金規定がない場合、企業は原則として従業員に退職金を支払う法的な義務を負いません。

以下では、退職金の支払いに関する基本的事項を解説します。

退職金は法律で義務付けられた制度ではない

退職金について、労働基準法をはじめとする労働関連法規において、企業にその支払いを義務付ける規定がありません。このため、すべての企業が退職金制度を導入し、従業員に退職金を支払う義務があるわけではありません。

退職金制度は、従業員の長期間の勤続に対する報奨や老後の生活保障などを目的として、企業が任意で設ける法定外の福利厚生制度の一つです。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によれば、退職金制度がある企業の割合は74.9%であり、退職金制度を導入していない企業も少なくないのが現状です。

したがって、企業が就業規則や雇用契約書において退職金に関する具体的な定めをしていない場合、原則として従業員に退職金を支払う法的な義務は生じません。

支払義務の根拠は就業規則や労働契約にある

企業の退職金支払い義務は、企業と従業員との間の「合意」によって発生します。退職金に関する合意としては、従業員との雇用契約だけでなく、就業規則や労働協約も含まれます。

  • 就業規則
  • 雇用契約書
  • 労働協約

特に、就業規則に退職金の支給条件、その計算方法、支払方法などが具体的に記載されている場合、その規定は労働契約の一部として拘束力を持ちます。

したがって、企業はこれらの文書に記載された内容に基づき、従業員へ退職金を支払う義務を負います。

退職金規定なしでも支払いを求められる2つのケース

原則として、退職金規定がなければ支払い義務は発生しないとされていますが、例外的に企業が退職金の支払いを求められるケースがあります。

たとえ明文化された規定がなくても、退職金の支払義務が認められる主なケースは以下の2点です。

  • 「労使慣行」があるケース
  • 従業員との個別合意が成立しているケース

以下の項目で、上記2つのケースについて解説します。

ケース1:「労使慣行」がある

就業規則等に退職金の定めがなかったとしても、退職金を支払う労使慣行があれば、労使慣行による取扱いが労働契約の内容になります。

ただ、過去に退職金名目の金銭が支払われた実績があったとしても、当然に退職金の支払義務が生じるわけではありません。

そこで、退職金規定がない中で退職金請求が認められるためには、①明確な退職金支給基準が存在し、具体的な退職金額が特定できること②①の基準のとおりに支払う法的義務があるという意識が両当事者に理解されるに至っていることが必要となります。

例えば、一定の勤続年数のある社員に対して、例外なく退職金が支給されており、退職金の金額が客観的で明確な計算基準で計算されている場合には、労使慣行が存在していると認定される可能性があります。他方で、これまで多数の退職社員に対して退職金が支給されていた実績があっても、退職金額に規則性がなく、企業側の裁量によって算出されている場合には、労使慣行があるとは認められません。

東京地方裁判所平成7年6月12日

被告会社においては、本件退職金規程に基づく退職金支給の慣行とともに、「懲戒その他不都合のかどにより解雇され、または退職した(ママ)には退職金を支給しない。」(五条)との確立した慣行が成立していたものと認められる。もっとも、右慣行は、従業員の長年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に退職金を支給しないとの趣旨の限度で有効であると解すべきである

大阪高等裁判所平成27年9月29日 

会社は退職金功労金の支給基準に従って退職功労金を労働契約の内容とする意思を有していなかったのであるから、支給基準が労使双方の規範意識に支えられるものとして労働慣行となっていたと認めることもできない。

ケース2:従業員との個別合意が成立している場合

就業規則に退職金規定がなくても、企業と従業員の間で個別に退職金の支払いを合意していれば、その合意は労働契約の一部として法的な拘束力を持ち、企業に支払い義務が生じます。この個別合意は、以下に示すような、さまざまな形式で成立し得ます。

  • 採用面接時の口約束
  • 労働契約書や労働条件通知書への個別の記載
  • 従業員との間で交わされた覚書等の文書

特に、書面による合意であれば、退職金にかかる個別合意の成立が認められやすくなります。一方、口頭での合意も法的には有効となり得ますが、その存在を証明する責任は、原則として従業員側にあります。ただし、メールのやり取りや録音などの客観的な証拠があれば、それらが認められる可能性も十分にあります。

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退職金の定めが不十分である場合

就業規則に退職金の規定があるものの、その内容が不十分であったり、規定相互間に矛盾がある場合でも、退職金の請求が認められることがあります。

就業規則や退職金規定野定めに不備があっても、その規定を合理的に解釈することで退職金の金額を算出することができる場合には、就業規則等の規定を根拠に退職金の支払義務が生じることになります。

また、就業規則の合理的な解釈によって退職金額を特定できない場合であっても、就業規則野退職金に関する規定が存在していることを一つの事情として労使慣行が認められると、労使慣行を根拠とした退職金請求が認められます。

東京地方裁判所平成17年3月15日

平成7年改定による退職金規程には合理的解釈によっても補うことのできない不備があり、具体的な退職金支給基準が定められているとはいえないから、結局、同規程に基づく原告らの退職金請求権は存しないことになる。

東京地方裁判所平成17年4月27日

退職した従業員二七名のうち約半数の一三名が本件退職金基本算定式どおりの退職金の支給を受けていること、残る一四名のうち一〇名も本件退職金基本算定式と誤差二〇%の範囲内で退職金の支給を受けていること等を考慮すると、退職する従業員に対し、本件退職金基本算定式で退職金を支払う慣行が存在していたと推認するのが相当である。

退職金のトラブルを防ぐための企業側の対策

退職金規定がない場合でも、労使慣行や個別の合意によって企業に退職金の支払い義務が生じることがありますが、権利関係が明確ではないため、労使間のトラブルを招くリスクがあります。

以下の項目では、退職金の規定がない場合の企業が取るべき具体的な対策を紹介します。

就業規則に退職金制度の有無を明記する

将来的な労務トラブルを防ぐ最も確実な方法は、就業規則に退職金に関する規定を明確に定めることです。

退職金制度を導入する場合には、労働基準法第89条3号の2に基づき、就業規則に以下の詳細を規定する義務があります。

  • 適用される労働者の範囲
  • 退職手当の決定、計算、および支払の方法
  • 退職手当の支払時期

就業規則にこれらのルールを明確に記載し、従業員に周知することは、労使間の認識のずれをなくし、企業の法的安定性を確保するための第一歩です。曖昧さを解消し、健全な労使関係を築きましょう。

労使慣行を廃止する

労使慣行を廃止することで、労使慣行を根拠とする退職金制度を廃止することが考えられます。

労使慣行が認められる場合には、それを理由に退職金の支払いが雇用契約の内容となります。そこで、この労使慣行を廃止するために、退職金を支給しないことを明記する就業規則の変更を行うことが考えられます。

ただ、労使慣行が法的拘束力が認められる場合に就業規則の変更により労使慣行を廃止することは労働条件の不利益変更となります。就業規則の不利益変更は、合理的なものであることが必要であり、合理的か否かは、以下の事情を総合的に考慮して判断します。

(1) 労働者の受ける不利益の程度

(2) 労働条件の変更の必要性

(3) 変更後の就業規則の内容の相当性

(4) 労働組合等との交渉の状況

(5) その他の就業規則の変更にかかる事情

新たに退職金制度を設ける際の選択肢

退職金に関する労務トラブルを未然に防ぎ、従業員のモチベーション向上や人材定着を図るためにも、企業は退職金制度の導入を検討すべきでしょう。新たに制度を設ける際には、企業の状況に応じた多様な選択肢があります。主な制度としては、中小企業退職金共済(中退共)、企業型確定拠出年金(企業型DC)、確定給付企業年金(DB)、そして自社独自の退職一時金制度が挙げられます。

どの制度を選択するかは、企業の規模、従業員数、財務状況、そして将来的な経営計画などによって最適なものが異なります。自社に最適な退職金制度を導入するためには、社会保険労務士や税理士といった専門家へ相談し、多角的な視点から検討を進めることが重要になるでしょう。

まとめ:退職金に関するルールを明確化し、健全な経営を目指す

退職金制度は法律で義務付けられているものではなく、原則として退職金規定がなければ支払い義務は発生しません。しかし、過去の慣例的な支給実績が「労使慣行」と判断されたり、従業員との間で個別の合意が成立していたりする場合には、退職金規定がないにもかかわらず企業に退職金の支払い義務が生じる可能性があります。こうした曖昧な状況は、予期せぬ労務トラブルや企業の信頼性、経営安定を損なうリスクがあるため、十分な注意が必要です。

企業がとるべき最も重要な対策は、退職金に関するルールを就業規則に明確に定めることです。退職金に関するルールを明確化することは、単に法的リスクを回避するだけでなく、従業員が安心して長期的に働ける環境を整備することにもつながります。その結果、企業の予測不能な労務トラブルを未然に防ぎ、健全で安定した企業経営を実現する基盤となります。不明な点があれば、弁護士に相談し、適切な対応を講じることが重要です。

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