- ① いきなり解雇はできない
- うつ病などの私傷病を理由に、休職制度の適用を経ずにいきなり解雇することは、解雇権の濫用(労働契約法16条)として無効と判断される可能性が高いとされています。
- ② まず休職制度を適用する
- 傷病休職は「解雇を猶予する制度」と解されています。就業規則に休職制度があれば、まず休職命令を発し、回復の機会を設けるのが原則です。
- ③ 復職可否を慎重に判定する
- 休職期間満了時に「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したか」を、主治医・産業医の意見や複数医師の判断を踏まえて判定します。業務を限定していない従業員では、配置転換の可能性も検討が求められます。
- ④ 業務が原因なら解雇制限がかかる
- 長時間労働やハラスメントなど業務に起因するうつ病の場合、療養のための休業期間中および終了後30日間は解雇が禁止されます(労働基準法19条1項)。
メンタルヘルスの不調は、誰にでも起こり得るものです。企業として問われるのは「解雇できるか」という結論以上に、いかに従業員の回復を支援し、適正な手続きを踏んで法的リスクを避けるかという点です。本記事では、企業側が押さえるべき法的要件と実務対応を、判例を踏まえて解説します。
うつ病を理由に解雇できるか
結論として、うつ病などの私傷病(業務外で発症した心身の不調)を理由に、従業員をいきなり解雇することは、原則として認められにくいと考えられます。
なぜ「いきなり解雇」は無効になりやすいのか
労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。うつ病による労務提供の不足のみを理由とした解雇は、この要件を満たさないと判断されやすいのです。
その背景には、多くの企業が設けている「傷病休職制度」が、解雇を猶予するための制度と理解されている点があります。休職制度がありながら、その適用を経ずに解雇に進むことは、法的に無効となるリスクが大きいと考えられます。
精神的な不調を訴える従業員に対し、休職などの措置を経ずに直ちに解雇(諭旨退職)した事案で、最高裁は、まず休職を命じるなどの対応を検討すべきであったとして、解雇を無効と判断しました。休職制度が解雇の猶予措置であることを踏まえた判断とされています。
まず休職制度の適用を検討する
傷病休職とは何か
傷病休職とは、労働契約関係を維持したまま、一定期間、労務への従事を免除・禁止する制度です。私傷病により業務ができない従業員に対し、治療と回復のための期間を与え、その間に復職できれば復職させ、回復しなければ自然退職または解雇とする、という枠組みです。
休職制度は法律で義務づけられた制度ではなく、これを設けるかどうか、また休職事由・期間・満了時の効果などをどう定めるかは、労働基準法などの強行規定に反しない範囲で、各企業の裁量に委ねられています。制度を設ける場合は、就業規則や労働協約に規定する必要があります(労働契約法7条参照)。
休職命令にも「合理性」が必要
注意すべきは、休職命令それ自体にも合理性が求められる点です。休職期間中は給与や勤続年数の算定などで従業員に不利益が生じることが多いため、不調があっても通院しながら通常勤務が可能な段階で休職命令を発すると、かえって合理性を欠き無効と判断されるおそれがあります。
休職命令の効力が争われた事案で、休職命令には合理性が必要であり、勤務が可能な状態で発せられた休職命令は無効となり得ることが示されました。休職を命じるタイミングの見極めが重要になります。
休職期間満了時の復職可否判定
復職の可否は、休職期間満了時までに「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」といえるかで判断するのが原則とされています(浦和地判昭和40年12月16日・平仙レース事件)。
従業員が提出する診断書を確認するだけでなく、必要に応じて主治医に直接問い合わせ、治療経過や復職の見通しを聴き取ることが望ましいとされています。
メンタルヘルスの判断は医師によって見解が分かれることが珍しくないため、「就業可能」とする診断書を安易に否定せず、産業医の評価や別の医師の意見を得ておくことが実務上は望ましいと考えられます。
本格復帰の前に、短期間の試験出勤を行い、実際の業務負荷への対応可能性を確認します。就業規則にリハビリ出勤の定めがある場合は、これを実施せずに復職不可と判断すると不当解雇のリスクが高まります。復職支援の進め方は、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」も参考になります。
業務内容を限定していない従業員の場合、原職復帰が難しくても、現実的な配転の範囲でこなせる業務があるかを検討する必要があります。
配置転換を検討すべき理由
職種や業務内容を特定して採用していない従業員については、休職前の業務に完全には復帰できなくても、負担の軽い業務やサポート部門への配置転換によって復職できる余地がないかを検討することが求められます。この検討を欠いたまま自然退職・解雇とすると、会社の対応が正当でないと判断される可能性があります。
診断書に「復職不可」とあっても、それだけで直ちに解雇できるわけではありません。回復の見込みがないこと、就業規則所定の休職期間を待ってもそれがないことを会社側が説明できる状態でなければ、雇用終了の正当性が揺らぐおそれがあります。
「自然退職」と「解雇」の違い
休職期間満了時になお復職できない場合の取扱いは、就業規則の定め方によって「自然退職」となるか「解雇」となるかが分かれます。この違いは実務手続きに影響します。
| 区分 | 手続き | ポイント |
|---|---|---|
| 自然退職 | 解雇の意思表示は不要 | 就業規則に「休職期間満了時に復職できないときは退職とする」と定めている場合。解雇予告は不要だが、書面で通知するのが望ましい |
| 解雇 | 解雇の意思表示が必要 | 30日前の解雇予告、または解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)の支払いが必要(労働基準法20条) |
いずれの場合も、口頭ではなく書面で通知することがトラブル予防につながります。就業規則に休職制度を導入する際は、満了時の効果を「自然退職」か「解雇」か明確に定めておくことが重要です。
業務が原因の場合は解雇が制限される
うつ病の発症が業務に起因する可能性がある場合(長時間労働、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントなどが原因と疑われる場合)、労働基準法19条1項が適用され、解雇が制限されます。
業務上の傷病による療養のための休業期間中、およびその後30日間は、解雇が禁止されます。この場合、私傷病休職制度を利用して退職させることはできません。
問題は、業務起因性の判断が難しく、予測が困難な点です。労働基準監督署が業務起因性を否定していても、後の裁判で認定されることがあります。労災による休業期間中の解雇制限については、「労災で治療中に社員を解雇できるのか?休業中の解雇制限を解説」もあわせてご参照ください。
精神疾患により休職期間満了後に解雇された事案で、判決前には労働基準監督署が業務起因性を否定していたにもかかわらず、裁判所が当該精神疾患の業務起因性を認め、解雇を無効としました。業務起因性の判断は慎重を要することを示す事例です。
休職を経ずに解雇できる例外はあるか
回復の見込みがほとんどない重篤なケースでは、休職を適用することなく解雇できると判断された裁判例もあります。
休職期間を待っても回復の見込みがほぼないような場合には、休職を適用せずに解雇できると考えられることを示した裁判例です。
この例外が認められるのは、回復の見込みがないこと、それも就業規則所定の休職期間を待ってもそれがないことを会社側が立証できる場合に限られます。休職を経ない解雇は極めて困難であり、専門医の判断を仰ぐことは必須です。安易に例外に頼るべきではありません。
試用期間中のうつ病と解雇
試用期間(一般的に3〜6か月)中にうつ病を発症した場合も、試用期間だからといって自由に解雇できるわけではありません。
試用期間は従業員の適性・能力を確認する期間ですが、この間も労働者は保護されます。メンタルヘルスの不調は「適性がない」とは言い切れず、治療・回復により改善する可能性があるため、休職制度がある場合はその適用を検討することが求められます。試用期間満了時の本採用拒否の要件は、「試用期間とは?試用期間満了時の本採用拒否やその流れを弁護士が解説」で詳しく解説しています。
「試用期間だから」という理由だけでの解雇(本採用拒否)は、通常の解雇より広く認められる余地はあるものの、正当な理由がなければ労働契約法16条により無効と判断される可能性があります。
契約社員の雇止めと法的判断
契約社員の場合、有期雇用期間の満了をもって契約を終了する「雇止め」が考えられます。雇止めは本来的には解雇とは異なるものですが、無制限に認められるわけではありません。
| 状況 | 雇止めの扱い |
|---|---|
| 契約更新を何度も繰り返し、実質的に無期雇用に近い場合 | 解雇と同視され、厳しい制限が適用される可能性 |
| メンタルヘルス不調のみを理由とする雇止め | 原則として慎重な検討が必要 |
有期雇用契約を反復更新している場合、雇止めも実質的に解雇と同様に扱われることがあります。この場合、解雇に関する厳しい制限が適用されるため、慎重な検討が求められます。
休職命令に従わない社員への懲戒処分
休職命令を無視して出社し、職場秩序を乱すような行動をとった場合、懲戒処分の対象になり得ます。従業員は労働契約に付随して企業秩序を守る義務を負うためです。
ただし、懲戒処分は違反者に対する制裁であるため、当該社員に責任能力(事理弁識能力)がない場合には課すことができません。事理弁識能力を有する者であれば懲戒処分は可能とされています(豊田通商事件・名古屋地判平成9年7月16日)。
メンタルヘルス不調のある社員に懲戒処分を課す場合は、処分が社員に与える不利益に鑑み、会社はメンタルヘルス不調への適切な配慮を行うことが求められます。配慮を欠くと、懲戒権の濫用と判断されるおそれがあります。
企業が取るべき対応(チェックリスト)
- 就業規則に休職制度を明記し、休職事由・期間・給与・満了時の効果(自然退職か解雇か)・復職手続きを定めている
- 従業員から診断書が提出されたら、休職開始後、速やかに業務起因性の有無を検討している(満了間近になってからでは遅い)
- 不調があっても通院しながら勤務可能な段階では、休職命令の合理性を慎重に判断している
- 主治医への意見聴取に加え、産業医や別の医師の意見(セカンド・オピニオン)を確保している
- 就業規則にリハビリ出勤・試験出勤の定めがあれば、これを実施したうえで復職可否を判断している
- 業務を限定していない従業員については、配置転換による復職の可能性を検討している
- 復職不可と判断する場合、その客観的な理由を明文化している
- 雇用終了の際は、自然退職・解雇のいずれであっても書面で通知している(解雇の場合は解雇予告または予告手当を確認)
- 過重労働・ハラスメントなど業務起因性が疑われる場合は、社会保険労務士・弁護士に早期に相談している
よくある質問
適正な対応が企業を守る
うつ病などメンタルヘルス不調の従業員への対応は、企業の法的義務であると同時に、人材確保の観点からも重要です。「解雇できるか」という表面的な問い以上に、いかに従業員を支援し、適正な手続きで法的リスクを最小化するかが問われます。
休職制度の整備、休職命令の合理的な発令、医学的判定、配置転換の検討、段階的な復職支援——これらの手続きを丁寧に踏むことで、将来のトラブルを大きく軽減できます。判断に迷う場面では、早めに専門家へ相談することが、結果的に企業を守ることにつながります。関連する対応として、「退職勧奨が違法になるケースとは?適法に進める手順と注意点」や「不当解雇で訴えられたら?会社が取るべき初動対応と解決までの全手順」もあわせてご確認ください。
メンタルヘルス不調の従業員を支援する方針を明確に示すことは、他の従業員の信頼にもつながり、長期的な経営の安定に寄与します。
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