「固定残業代を払えば残業代はゼロ」は誤りです。固定した時間を超えた残業には、超過分の差額を別途支払う義務が残ります。
固定残業代(みなし残業代)が有効になるには①合意②明確な区分③差額精算の3要件が必要で、欠けると未払い残業代・遅延損害金・付加金を二重に負担します。仕組み・メリット・デメリット・有効要件・無効時のリスクを、企業経営者の視点で弁護士が解説します。
固定残業代を払えば、残業代は払わなくてよいですか?
いいえ、不要にはなりません。固定残業代は一定時間分の残業代を先払いする仕組みで、設定した固定時間を超えた月は超過分の差額を別途支払う義務があります(労働基準法37条)。
固定残業代が有効になる要件は?
①労働契約上の合意、②通常賃金と割増賃金の明確な区分(判別可能性)、③固定額を超えた分の差額精算——の3つすべてを満たす必要があります。1つでも欠けると無効と判断されるリスクが高まります。
固定残業代が無効になるとどうなりますか?
支払済みの固定額が基礎賃金に算入され、未払い残業代が発生します。加えて遅延損害金・付加金(最大で未払額と同額)・労基署の是正勧告のリスクを負い、負担が二重・三重になります。
固定残業代は何時間分まで設定できますか?
明文の上限はありませんが、おおむね月45時間以内が安全です。36協定の原則である月45時間を大きく超える設定は、無効と判断されるリスクが高まります。
- 労働基準法37条(時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務)/114条(付加金)/119条(罰則)
- 労働契約法9条・10条(労働条件の不利益変更)
- 医療法人社団康心会事件・最判平成29年7月7日(通常賃金と割増賃金の判別可能性)
- 国際自動車事件・最判令和2年3月30日(割増賃金としての対価性)
固定残業代とは?仕組みと2つの型
固定残業代とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ決められた一定額を残業代(割増賃金)として支払う制度です。「固定残業手当」「みなし残業代」と呼ばれることもありますが、いずれも同じ意味と考えて差し支えありません。
通常の残業代は「1時間あたりの賃金 × 割増率 × 残業時間」で毎月計算します。これに対して固定残業代は、たとえば「毎月30時間分の残業代として一律◯円」というかたちで、残業した・しないにかかわらず固定額を支払う点に特徴があります。
| 比較 | 通常の残業代 | 固定残業代 |
|---|---|---|
| 計算方法 | 実際の残業時間に応じて毎月計算 | 一定時間分をあらかじめ固定額で支給 |
| 残業が少ない月 | その分だけ支給額が減る | 固定額は減らない(従業員に有利) |
| 固定分を超えた月 | 実額を支給 | 超過分は別途、差額を支払う義務あり |
固定残業代の2つの型
基本給に含める方式。「基本給40万円(うち固定残業代5万円・30時間分を含む)」のように、金額と時間を明示して基本給と明確に区分しておく必要があります。単に「基本給に残業代を含む」と書くだけでは、後述の判別可能性を欠き無効となるリスクが高い型です。
別の手当として支給する方式。基本給とは分けて「固定残業手当◯円(◯時間分)」という独立した手当として支給します。通常賃金と切り離されているため区分が明確になりやすく、トラブルを避けやすい型といえます。
固定残業代のメリット
企業が固定残業代を採用するメリットは、主に次の3つです。
| メリット | 内容 |
|---|---|
| 給与計算の簡素化 | 毎月の残業時間を集計して計算する手間が省け、給与計算の負担が軽くなる |
| 人件費の見通し | 残業代が固定されるため、月々の人件費を予測しやすく予算が立てやすい |
| 公平性・だらだら残業の抑制 | 効率よく早く仕事を終えても支給額が変わらないため、社員間の不公平感を減らし、非効率な残業の抑制を期待できる |
効率の良い社員と悪い社員で残業代に差が出ると、仕事の早い人ほど残業代が少なくなり不公平になりがちです。固定残業代には、こうした不公平感をやわらげる効果が期待できます。
固定残業代のデメリット・注意点
一方で、固定残業代は設計や運用を誤ると大きな負担につながります。導入前に必ず押さえておきたいデメリット・注意点は次のとおりです。
| デメリット・注意点 | 内容 |
|---|---|
| 超過分は別途支払いが必要 | 「固定残業代を払えば残業代は不要」は誤り。固定時間を超えた残業には差額の支払い義務が残る |
| 無効になると二重の負担 | 要件を欠くと固定分が賃金に算入され基礎単価が上がり、未払い残業代+遅延損害金+付加金を重ねて負担するリスク |
| 採用・求人時のトラブル | 求人票で固定残業代の時間・金額・超過分の扱いが不明確だと、入社後の認識違いによる紛争の火種になる |
| 既存社員への導入は不利益変更 | すでに働く社員に後から導入して手取りが実質減る場合、労働条件の不利益変更(労働契約法9条)の問題が生じ得る |
| 長時間労働の助長・士気低下 | 運用を誤ると「どれだけ残業しても同じ」と受け取られ、かえって長時間労働や士気低下を招くおそれ |
固定残業代が有効になる3つの要件
固定残業代が有効と認められるには、次の3要件をすべて満たす必要があります。1つでも欠けると、支払済みの固定額が割増賃金の支払いと認められず、制度全体が無効となるおそれがあります。
要件① 労働契約上の根拠・合意
雇用契約書・就業規則・労働条件通知書などの書面に固定残業代の金額・時間を定め、労使間で合意されていることが必要です。求人票や契約書に記載がなければ、固定残業代の合意はないものと判断されやすくなります。既存社員に後から導入して手取りが下がる場合は、労働条件の不利益変更(労働契約法9条・10条)の問題が生じ、原則として労働者の同意が必要です。
要件② 明確な区分(判別可能性)
通常賃金にあたる部分と固定残業代にあたる部分を、金額と対応する残業時間の両方で明示している(例「固定残業手当5万円=30時間分」)
「基本給に残業代を含む」とだけ書き、どの部分が固定残業代か金額でも時間でも判別できない
要件③ 差額の精算
固定残業代で定めた残業時間を超えて残業した月は、超える分の残業代を別途精算しなければなりません。精算をしていないと、固定残業代の有効性そのものが否定される方向に働きます。「固定額を超えても払わない」運用は、制度が無効と判断される大きなリスク要因です。
医療法人社団康心会事件(最判平成29年7月7日)——最高裁は、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別できることを有効性の要件としました。
国際自動車事件(最判令和2年3月30日)——固定額の名目だけでなく、実質的に割増賃金の対価として支払われているか(対価性)も問われるとしました。名目上「残業代」としていても、実態が伴わなければ有効とは認められません。
固定残業代が無効になるとどうなるか
固定残業代の要件を満たさない場合、企業には次のような負担が生じます。これらが実質的に、固定残業代の最大のデメリットです。
| 生じる負担 | 内容 |
|---|---|
| 未払い残業代+基礎単価の上昇 | 固定額が割増賃金と認められないと、支払済みの固定額が基礎賃金に組み込まれ、1時間あたりの基礎単価そのものが上がる。残業代を二重に多く支払う結果になりかねない |
| 遅延損害金 | 在職中は年3%(民法の法定利率)、退職後は年14.6%(賃金の支払の確保等に関する法律)と高率 |
| 付加金 | 訴訟で未払いが認められると、裁判所は未払額と同額を上限とする付加金の支払いを命じることがある(労働基準法114条) |
| 労基署の是正勧告 | 残業代の未払いは労働基準法37条違反。労基署の調査で是正勧告を受け、悪質な場合は6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象にもなり得る(労基法119条) |
残業代・割増賃金の基本
固定残業代を正しく設計するには、前提となる割増賃金と36協定のルールを押さえておく必要があります。
| 種類 | 割増率 | 補足 |
|---|---|---|
| 時間外労働 | 25%以上 | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働 |
| 深夜労働 | 25%以上 | 午後10時〜午前5時。時間外と重なると合計50%以上 |
| 休日労働 | 35%以上 | 法定休日(週1日)の労働 |
| 月60時間超の時間外 | 50%以上 | 中小企業も2023年4月から適用 |
36協定と残業時間の上限
時間外・休日労働をさせるには36協定の締結・届出が必要です。上限は原則月45時間・年360時間。特別条項を結んでも、年720時間以内、複数月平均80時間以内、単月100時間未満、月45時間超は年6回まで、という上限があります。固定残業代で賄う時間も、この枠と整合する範囲(おおむね月45時間以内)に設定するのが安全です。
残業代を請求されたときの対応
固定残業代の不備を理由に残業代を請求された場合、慌てて支払ったり、逆に放置したりするのはどちらも危険です。まずは請求内容と労働時間の実態、時効を精査したうえで、慎重に対応することが会社を守ります。
請求されている期間・金額の根拠と、タイムカード・PCログ等の客観的な労働時間記録を突き合わせる。
3要件を満たしているか、時効(原則5年・当分3年)が経過している分がないかを検討する。
証拠を保全し、支払うべき範囲を見極めたうえで、交渉・和解・訴訟のいずれで対応するか方針を固める。
初動・証拠の保全・反論の進め方といった具体的な対応手順は、内部リンクの「残業代請求を受けたときの会社側対応」で体系的に解説しています。
よくある質問(FAQ)
固定残業代の設計・見直し・請求対応は弁護士にご相談ください
固定残業代は、適切に設計・運用すれば人件費管理に有効な制度ですが、要件を欠くと未払い残業代・遅延損害金・付加金という大きな負担につながります。就業規則・雇用契約書の整備から残業代請求への対応まで、企業経営者の立場で弁護士がサポートします。大阪・なんば/心斎橋の難波みなみ法律事務所へ。
※本記事は一般的な解説であり、個別の事案では固定残業代の有効性の判断は具体的な事情により異なります。実際の設計・見直し・請求対応は、監修弁護士(難波みなみ法律事務所 代表弁護士 南 宜孝/大阪弁護士会)にご相談ください。

