退職金は、労働者の給与の後払いの性格を持っています。勤続期間が長くなれば、退職金の金額はそれなりに大きくなります。そのため、退職金の減額や不支給とする決定は労働者に対して重大な不利益をもたらします。よって、退職金の減額や不支給は、労働者の不利益を考えても致し方ない程の深刻な事情があることが必要です。
今回の記事では、退職金を減額したり不支給とすることができる場合を弁護士が解説します。
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退職金とは何か?
退職金とは、労働者が退職する際に、勤続年数や在職中の業績等を踏まえて支給されるお金のことです。
支払方法には、退職金全額を一括で支払う方法と、退職金額を年金として分割して支払う方法、退職金の一部を退職時に一括で支払い、残りを年金として支払う方法があります。
退職金の根拠は?
使用者は、労働者に対して当然に退職金を支払う必要はありません。
労使間の合意で退職金の支払いが契約内容となっていることが必要です。
退職金規定や就業規則で定めている
退職金規定や就業規則で退職金に関する規定が具体的に定められていることが必要です。
単に、退職金について言及しているだけでは不十分です。
具体的にどのような計算方法で退職金額を算出するのかを明記していることまで必要です。
雇用契約で定めている
退職金規定や就業規則に退職金に関する具体的な規定がなくても、労使間の労働契約書に退職金に関する具体的な定めがある場合には、これも退職金の根拠となります。
就業規則等に退職金の規定がないとしても、会社と労働者との間で個別に退職金の合意をすれば、退職金の支給は雇用契約の内容となります。
労使慣行がある場合
就業規則や雇用契約書に退職金に関する具体的な定めがなければ、使用者は労働者に対して、退職金を支払う義務を負いません。
ただ、就業規則などで具体的な定めがなくても、使用者が退職した労働者に対して、退職金を支給してきた慣行がある場合には、この慣行が退職金の根拠になる場合はあります。
退職金の減額は可能か?
退職金規定などに退職金の定めがあれば、会社は退職する労働者に対して、退職金規定に沿って計算される退職金額を全て支払う義務を負うのが原則です。
しかし、あらゆるケースでも全額を支払う必要があるわけではありません。
例えば、労働者が懲戒解雇となるような問題行為を行なった場合には、退職金の金額を減額できる可能性があります。また、退職前に経営不振等を理由に退職金の計算式を変更することで退職金の金額を減額することもあります。
退職金を減額するための条件
退職金は労働者にとって、退職後の生活を支える、とても重要な権利の一つです。
そのため、簡単に退職金を減額させることはできません。
退職金を減免させるためには以下の条件を満たすことが必要です。
①永年の功労を無くす背信行為があること
②退職金を減免する具体的な定めがあること
①背信行為があること
①の背信行為の代表例としては、懲戒解雇にあたるような懲戒事由がある場合です。
しかし、就業規則で定められた懲戒事由が存在しているからといって、常に退職金の減額や免除が認められるわけではありません。
著しい背信行為といえること
退職金は、労働者の賃金の後払いであり退職後の生活を支える役割を果たします。さらに、永年、会社に在籍して会社に貢献してきたことに報いる役割も持っています。
そこで、退職金の減免が認められるためには、これまでの永年の勤続の功労を抹消させるような著しい背信行為があることを要します。
例えば、会社の備品や資産を横領したり、強姦、強制わいせつするといった犯罪行為に及んだ場合には、著しい背信行為といえるでしょう。
一部不支給が認められたケース
小田急電鉄事件・東京高等裁判所平成15年12月11日
電車内で痴漢行為を繰り返したことを理由に懲戒解雇されたケースでは、私生活上の行為であり会社の社会的評価は傷ついていないこと、これまでの勤務態度が非常に真面目であったことを理由に退職金の3割を支払うよう命じました。
ヤマト運輸事件・東京地方裁判所平成19年8月27日
帰宅途中の酒気帯び運転をしたことを理由に懲戒解雇としたケースでは、退職金の3分の1な支払いを命じました。
日本郵便株式会社事件・東京高等裁判所平成25年7月18日
私生活上の酒気帯び運転を理由に懲戒解雇したケースで、退職金の約3割を支払うよう命じました。
②不支給の規定があること
退職金は労働者の重要な権利です。そのため、あらかじめ契約書や就業規則において、退職金を支給しない条件を具体的に規定されていなければ、労働者にとって不意打ちとなります。
そこで、労働者に対して予測可能性を与えるため、退職金を不支給とする条件を就業規則等で具体的に規定することが必要です。
次の各号の1つに該当する場合、使用者は退職金の一部を減額し又は退職金を支給しないことがある。退職金を支給した後に、次の各号の事由が明らかになった場合には、その全部又は一部の返還を求める。
①懲戒解雇又は諭旨解雇されたとき
②在職中の行為に懲戒解雇又は諭旨解雇に相当する行為があったとき
自主退職した後に問題行為が発覚した場合
従業員が在籍中に、退職金を不支給とするべき問題行為を行っていたものの、使用者がこれに気付く前に労働者が自主退職した場合、退職金を不支給とすることができるかです。
退職金の不支給の条件を懲戒解雇に限定しているかによって結論が変わります。
懲戒解雇を条件としている場合
退職金を減免する条件を懲戒解雇に限定している場合、懲戒解雇する前に自主退職されると、退職金を不支給とすることが難しくなります。
懲戒解雇に限定していない場合
退職金の不支給の条件を、懲戒解雇に限定せず、懲戒解雇に相当する懲戒事由の存在も規定している場合には、社員を懲戒解雇しなかったとしても、退職金を不支給とすることはできたす。
競合他社に転職したことを理由に退職を不支給とする場合
労働者の退職後の競合他社に転職したり、競業の起業するなどの競業行為を理由に退職金の不支給や返還請求が認められるためには、以下の条件を満たす必要があります。
• 競業行為を禁止する競業避止義務に違反する場合に、退職金の減額や返還することを就業規則等に規定されていること
• 競業避止義務に違反すること
就業規則の定めがあること
就業規則や雇用契約書に競業行為の禁止を定めておくことが必要です。
ただ、労働者には職業選択の自由があります。そのため、漠然と競業禁止を定めておくだけでは、その競業禁止の定めは無効になってしまいます。
そこで、競業禁止を定める場合には、社員の地位、期間、エリア、競業禁止の対象となる行為をある程度制限しておくことが重要です。
1 従業員は在職中及び退職後6ケ月間において、○○県内において、会社と競合する他社に就職及び競合する事業を営むことを禁止する。
2 退職後の従業員が第1項に違反する場合、会社は退職金の一部または全額を不支給とし、
または、支払った退職金の全部または一部の返還を求めることができる。
競業行為が悪質であること
就業規則に、競業禁止が定められ、競業禁止違反が退職金の不支給となることが定められていても、常に退職金の一部または全部を不支給とできるわけではありません。
これまでと同じように、競業避止義務違反が労働者の功労を抹消するほどの重大な背信行為といえることが必要です。
東京コムウェル事件東京地方裁判所平成20年3月28日
競業避止義務に関する規定自体は有効としつつも、退職勧奨を受けて退職した者が6カ月後に同業他社へ就職したとしても、強度の背信性や悪質性は認められないとして退職金の支払いを命じました。
東京コムウェル別事件東京地方裁判所平成22年3月26日
退職後4カ月も経ないで会社が敵対する法人の代表取締役に就任した事案では、退職金不支給を認めました。
退職金制度の変更や廃止
従業員の在職中、会社の経営不振により、退職金規定を変更したり、廃止することがあります。
しかし、退職金規定の変更等により労働者の重要な権利である退職金の金額を変更させる場合には、制約なく退職金規定の変更等をすることはできません。
退職金制度の変更内容
退職金制度の変更内容は退職金の計算方法に応じてさまざまです。
算定基礎給の変更
算定方法の変更
支給率の変更
特別加算制度の変更
退職金制度の廃止
労働者との個別の同意による変更
労働者と個別の合意により退職金の条件や金額を変更する場合があります。
退職金の変更は、賃金の変更を伴う契約内容の不利益変更になります。
そのため、個別の同意による退職金の変更が認められるためには、社員が自由な意思により同意していることが求められます。
自由な意思による場合とは
社員が自由な意思により合意をしたかは、客観的な状況を踏まえて判断されます。
判断の事情としては次のようなものがあります。
退職金の減額の程度
減額により与える社員の影響の度合い
退職金の減額に至る理由
会社から社員への説明の有無や程度
退職金減額に代わる代償措置の有無
就業規則の変更をする場合
就業規則や退職金規定を変更して退職金の減額をする場合もあります。また、労働者との個別同意を取ったとしても、退職金規定があれば、退職金規定を下回る個別同意は無効となるため、この場合には退職金規定や就業規則の変更が必要です。
就業規則の変更には労働者の同意が必要
就業規則を変更することで、労働条件を不利益に変更するためには、従業員全員の同意を得る必要があります。
労契法9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。
就業規則の変更に同意を得ていない場合
就業規則の不利益変更は、労働者全員の同意がなければできません。
しかし、常に労働者の同意がなければ変更できないとするのも不都合です。
そこで、就業規則の変更に合理性があり、変更後の就業規則を労働者に周知させる場合には、労働者の同意なく変更することができます。
労契法10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
退職金の変更は厳しく判断される
退職金は労働者にとって非常に重要な権利です。これを労働者の同意なく減額や廃止にすることは、非常に重大な不利益をもたらします。
そのため、この不利益を受け入れるだけの高度の必要性が求められます。
例えば、会社が廃業せざるを得なくなる程に経営危機となっている場合、整理解雇を避けるために退職金を減額する場合には、高度の必要性が認められる可能性はあります。
自己都合離職か会社都合離職か
多くの企業では、自己都合離職と会社都合離職によって計算方法や算定割合を変えています。
厚生労働省の統計によれば、定年退職による離職の退職金が最も高額であり、次いで会社都合離職、自己都合離職と続きます。
定年退職 1872万円
会社都合 1197万円
自己都合 447万円
参照 中央労働委員会・令和3年賃金事情等総合調査 退職金、年金及び定年制事情調査
会社都合離職について
会社都合の離職とは、解雇や雇止め、会社の退職勧奨による退職を含めます。
解雇には懲戒解雇、普通解雇、整理解雇が含まれます。ただ、懲戒解雇の中でも、労働者側の責任が重大な場合の重責解雇は、自己都合離職となります。
自己都合の離職とは
自己都合の離職とは、自発的な意思で退職する場合や雇用期間の満了により労働契約が終わる場合を指します。退職勧奨により退職する場合は、会社都合離職となります。
退職金の減額の問題は弁護士に相談しよう
退職金の金額は、労働者の退職後の生活を支える非常に大事な権利です。その分、労働者の退職金に対する関心度もとても強いです。
それにもかかわらず、安易に退職金制度を廃止したり、減額をしてしまうと、労働者の反発を招きます。
そのため、会社は、退職金の減額や廃止をするにあたっては、慎重な判断を求められます。
勇み足で退職金の減額をすることは控えましょう。適切に弁護士に相談することが重要です。