個人間の金銭トラブル、未払い賃金、売掛金の回収、損害賠償請求など、60万円以下の金銭を巡る争いを、迅速かつ簡略な手続きで解決を目指す裁判手続が「少額訴訟」です。費用を抑えられ、原則1回の期日で判決が出る点が大きなメリットです。
その一方で、少額訴訟にはいくつかのデメリットも存在します。手続きを進める前に、不利な点や注意すべき点を把握しておくことが重要です。
本記事では、少額訴訟のデメリットを7つに分けて解説します。訴訟提起前に知っておくべき準備や注意事項と併せて、ぜひ参考にしてください。
少額訴訟と通常訴訟との違い
少額訴訟とは、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に限り、簡易裁判所で利用できる特別な民事訴訟手続です。この制度は、迅速な紛争解決を目指しており、原則として1回の審理で終結する点が大きな特徴です。
少額訴訟が通常の民事訴訟と大きく異なるのは、「スピード」と「手続きの簡易さ」にあります。少額訴訟では、先ほども述べたように原則として1回の審理で終結し、特別な事情がない限り、その日のうちに判決が言い渡される「即日判決」が大きな特徴です。
裁判所の統計から見る、少額訴訟と通常の民事訴訟の平均的な審理期間は以下の通りです。
| 訴訟の種類 | 平均審理期間 |
| 少額訴訟 | 約2.5ヶ月程度 |
| 地方裁判所の通常訴訟 | 10ヶ月以上、 |
| 簡易裁判所の通常訴訟 | 概ね3ヶ月以内 |
このように、少額訴訟の迅速性は際立っており、非常に迅速な解決が期待できます。
また、少額訴訟は訴状の様式が定型化され、簡易裁判所の窓口で書式が提供されているため、法律の専門知識がない方でも比較的容易に手続きを進められるよう配慮されています。

少額訴訟を検討する前に知るべき6つのデメリット
少額訴訟は、迅速かつ簡易な手続きで金銭トラブルを解決できるメリットがあります。しかし、その手軽さから安易に利用すると、かえって不利益を被る可能性もあります。。
以下の項目では、少額訴訟を検討する前に知っておくべき、6つの具体的なデメリットを詳しく解説します。
相手が拒否すれば「通常訴訟」へ移行する
少額訴訟は、原則として1回の審理で迅速な解決を目指す制度です。しかし、相手方(被告)には、下された判決に対して異議を申し立て、通常訴訟での審理を求める権利が法律で認められています。判決を受け取った日の翌日から数えて2週間以内に異議が申し立てられると、少額訴訟は通常訴訟へ移行します。
通常訴訟では、審理が複数回にわたって行われるのが一般的で、解決までに数ヶ月以上かかることも珍しくありません。その結果、紛争解決が長期化するだけでなく、当初想定していなかった追加の費用負担や手続き上の手間が発生する可能性が生じます。
訴状や証拠の準備に時間が必要になる
少額訴訟の手続きは簡易であるとされていますが、実際に訴訟を起こすとなると、訴状の作成や証拠の準備には専門知識とかなりの時間が必要です。
特に訴状では、「請求の趣旨」や「請求の原因」といった法律用語を理解し、自身の主張を法的に正確に記述する必要があります。
また、自身の主張を裏付けるための証拠の提出も重要です。客観的な証拠を自力で集め、整理し、第1回弁論期日までに全ての証拠を提出しなければなりません。
初回期日までに準備するべき証拠
- 契約書
- メールのやり取り
- 納品物
- 借用書
- 領収書
- 陳述書
- その他、関係するあらゆる資料
これらの準備には民事訴訟に関する最低限の知識が不可欠です。そのため、不慣れな方が独力で進める場合、多大な労力と時間を費やす可能性があります。
平日に裁判所に出頭する必要がある
少額訴訟の審理は、原則として平日の日中に簡易裁判所で行われます。そのため、出廷に必要となる時間と労力を確保する必要があるため、大きな負担となる可能性があります。第1回弁論期日に出廷するために必要となる時間には以下のものが挙げられます。
- 訴状作成に費やす時間
- 証拠準備に費やす時間
- 裁判所への移動時間
- 審理に要する時間(原則として1回)
このように、弁論期日への出廷だけでなく、その準備や移動時間まで含めると、本業を休む時間は予想以上に長くなることも考えられるでしょう。
仮に、少額訴訟の対応を弁護士に対応をした場合には、訴訟や証拠の準備を代理人弁護士に一任できます。ただ、少額訴訟において、その場で和解を成立させるケースも少なくないことから、本人の同行が必要となることも多くあります。
勝訴判決を得ても、相手が支払うとは限らない
少額訴訟で勝訴判決を得たとしても、相手方が必ずしも任意に支払いに応じるとは限りません。
もし相手が判決に従って任意に支払わない場合、債権回収のためには、さらに「強制執行」という法的手続きに進む必要があります。この強制執行を行うには、相手方の預金口座や給与、不動産といった財産情報を債権者自身が特定しなければなりません。
また、仮に財産の情報を特定できたとしても、そもそも差し押さえるだけの財産がなければ、どれだけ費用と時間をかけても債権を回収することはできません。
十分な準備ができないと不利になる
少額訴訟は迅速な解決を目指すため、原則として1回の審理で当日中に判決が出ます。このため、最初の期日までにすべての証拠を準備し、提出する必要があります。
審理が1回限りであるため、その場で提出できなかった証拠を後から追加したり、主張を大幅に変更したりすることは難しくなります。また、事前の準備が不十分であると、敗訴する可能性もあります。
不利な結果を避けるためには、訴訟提起前に、主張したい事実関係を詳細に整理し、それを証明するための証拠を漏れなく揃えておくことが不可欠です。
判決に不服があっても「控訴」で争うことができない
少額訴訟の判決は、通常訴訟とは異なり、上級裁判所への「控訴」が認められていません。もし判決の内容に不服がある場合は、唯一の不服申し立て手段として「異議申立て」が用意されています。これは、判決書が送達された日の翌日から2週間以内に、判決を下した簡易裁判所に対し申し立てを行うものです。しかし、異議後の審理も、少額訴訟の審理を担当した裁判官が審理することになるため、異議申立てをしたとしても、同じ判断が下されてしまうリスクがあります。
しかし、異議申立てが認められたとしても、上級裁判所での再審理が行われるわけではありません。結局のところ、申し立てを受け付けた同じ簡易裁判所で、通常訴訟の手続きに移行して審理が再開されることになります。
少額訴訟にかかる費用の内訳と金額シミュレーション
少額訴訟は、他の訴訟手続きと比較して費用が抑えられているため、手軽に利用できるという印象を持つ方も少なくないでしょう。しかし、費用が全くかからないわけではなく、訴状に貼付する収入印紙代や、予納郵券(郵便切手代)などの実費が発生します。
ここでは、少額訴訟の具体的な費用内訳について解説します。
自分で手続きする場合にかかる費用一覧
少額訴訟を弁護士などに依頼せず、ご自身で手続きを進める際に主に発生する費用は、申立手数料である「収入印紙代」と、郵送費用の「郵便切手代(予納郵券)」です。収入印紙代は、請求する金額(訴額)に応じて決まります。具体的な費用は以下の表のとおりです。この収入印紙代は、訴状に貼付し、裁判所に納める申立手数料です。
訴訟提起に必要となる印紙代
| 請求額 | 手数料(印紙代) |
| 10万円まで | 1000円 |
| 20万円 | 2000円 |
| 30万円 | 3000円 |
| 40万円 | 4000円 |
| 50万円 | 5000円 |
| 60万円 | 6000円 |
一方、郵便切手代(予納郵券)は、裁判所から相手方へ訴状の副本などを郵送するために必要な費用です。この金額は管轄の裁判所によって異なりますが、6,000円程度が目安です。その他にも、証拠として法人の登記事項証明書などを取得する際の実費や、裁判所へ出廷するための交通費が別途発生する可能性があります。
弁護士に依頼した場合の費用目安
少額訴訟の手続きを弁護士や司法書士に依頼した場合、ご自身で手続きを進めるよりも、時間や手間を大幅に削減できるという利点があります。しかし、弁護士へ依頼する際には当然ながら費用が発生します。主な費用としては、相談料、着手金、報酬金、そして実費(収入印紙代や郵便代など)が挙げられます。例えば、60万円以下の場合の弁護士費用は、請求額の8%が着手金、獲得できた利益の16%が報酬金となることが一般的です。そのため、請求額が60万円であれば着手金は4.8万円、回収額が40万円であれば報酬金は6.4万円となります。ただ、請求額が小さくても最低着手金や最低報酬金が発生することも珍しくなく、請求額を上回る弁護士費用が発生することもあります。
このように専門家へ依頼すると、請求額が少ない場合、弁護士費用が回収額を上回り「費用倒れ」となるリスクが高まります。
少額訴訟と他の回収手段のメリット・デメリットを比較
ここでは、主な債権回収手段として、内容証明郵便、支払督促、少額訴訟、そして通常訴訟の4つを取り上げ、それぞれの特徴と利点・欠点を比較表にまとめました。
内容証明郵便
内容証明郵便とは、「いつ、どのような内容の文書を、誰から誰宛に送ったか」を郵便局が公的に証明するサービスです。この制度を利用することで、送付した文書の内容や送達された事実を明確に記録に残せます。
内容証明は、相手方に心理的なプレッシャーを与えて支払いを促す効果があります。また、訴訟手続と比べると、発生するコストは小さく済みます。
しかし、内容証明郵便自体には法的な強制力はありません。相手に支払い義務を直接強制したり、財産を差し押さえたりする効力はないため、あくまで任意での支払いを促すための手段として活用されます。
そのため、少額訴訟へ移行する前に、まずは相手の反応を見極める最初のステップとして、内容証明郵便の送付を検討することは有効な選択肢と言えます。
支払督促
支払督促は、金銭の支払いを求める際、債権者が裁判所に出向くことなく、書面審査のみで簡易裁判所の書記官から相手方へ督促状を発してもらう手続きです。この手続は、裁判所に出頭することなく迅速に進められる点が利点です。
しかし、支払督促にはデメリットも存在します。相手方(債務者)が支払督促を受け取ってから2週間以内に「異議申し立て」を行うと、自動的に通常訴訟へ移行します。異議申し立てに理由を付す必要はなく、意思表明のみで通常訴訟へ進むため、結果として、当初から通常訴訟を選択するよりも手続きが長期化し、費用や労力が増大するリスクがあります。
通常訴訟
通常訴訟は、請求額が60万円を超える金銭トラブルや、複雑な事実関係を時間をかけて主張・立証する必要がある場合に選択される法的手続きです。少額訴訟のような金額や審理回数の制限がなく、当事者が納得いくまで審理を尽くせる点がメリットです。また、判決に不服がある場合は控訴して上訴審で再度争うことも可能です。
その一方で、通常訴訟の手続きは複雑で、専門的な法律知識が求められますし、解決までの期間が長い点でデメリットといえます。
まとめ|少額訴訟は慎重に!まずは費用対効果の検討から始めよう
少額訴訟は、60万円以下の金銭トラブルを迅速かつ比較的安価に解決できる魅力的な制度です。原則1回の審理で判決が言い渡されるため、早期解決を期待する方にとって有効な選択肢となるでしょう。
しかし、少額訴訟にはいくつかのデメリットが存在します。相手方が拒否した場合、通常訴訟へ移行して解決が長期化したり、訴状や証拠の準備に専門知識と時間が求められたりする場合があります。手軽さや迅速さといったメリットだけに注目し、安易に利用すると、かえって時間や費用、労力を無駄にする危険性があるため、慎重な検討が不可欠です。
訴訟に踏み切る前には、請求額に対して訴訟にかかる費用、時間、労力が見合うか、「費用対効果」を冷静に計算することが極めて重要です。
もしご自身の状況においてどの債権回収手段が最適か判断が難しい場合は、弁護士への相談を強く推奨します。



